「わたし……、やってみます」
それを聞いた岸会長は満足そうにうなずいて、
「契約成立。……お前は今日から、俺の犬だ」
……?
やっぱり低くて素敵な声で。
まるで息をはくように、岸会長はとんでもないことを言った。
(えっと……聞き間違いかな?)
「犬」とか聞こえたような気もするけど、き、気のせい、だよね……?
「えっ、と……。もう一回、お願いできますか?」
わたしが聞き返すと、岸会長はわかりやすく眉をしかめる。
「耳まで悪いのかよ。……橋本陽菜子。お前は俺専属の犬だ、って言ったんだよ」
……犬。
どうやら聞き間違いじゃ、なかったらしい。
「どういう意味、でしょうか……」
昨日さんざんアホだと言われたけど、頭がおかしいのは会長のほうじゃないかな。
「ちょ、ちょっと岸くん、犬はないよ、犬は」
小声で川西先輩がそう助言しているのが聞こえて、開いた口が塞がらない。
咳払いをした会長が、改めてわたしに向き合う。
「間違えた。雑用係な」
眼鏡の奥の瞳が、楽しそうに弧を描いてる。
い、イヤな予感しかしない……!