私は、イザベル・ラ・セルダ。貴族称号が名前に入る、セルダ侯爵家の一人娘。
お父さまはいるけど、ほとんど家にいない。
お母さまはいるけど、ほとんど私を見てくれない。
借金のあったお父さまは、その返済の為に伯爵令嬢であるお母さまと結婚したらしい。だけど、お父さまには結婚前から好きな女性がいて――そのことを責め続けるお母さまに、愛想を尽かして想い人の元へ。結ばれた後は、彼女の家に入り浸っている。
……使用人達は、すぐ怒るお母さまよりお父さまの味方だ。
しかも間の悪いことにお母さまの両親、つまり私の祖父母が事故で他界し、お母さまの後ろ盾が無くなってしまった。
使用人達は、お母さまに聞かせるようにお父さまとその恋人の親密ぶりを噂し、そのせいで子供の私の耳にも入ってきた。
「お父さまが、来てくれないから……私達は、二人きり。私には、あなただけ。そしてあなたにも、私だけ」
そう言って、お母さまは私を抱きしめるけれど――お母さまが見ているのは、ここにいないお父さまだけだ。お母さまにそっくりで、そのせいでお父さまに避けられている私じゃない。
解ってはいたけれど、この家での私の味方はお母さまだけで。
だから、お父さまに愛されないことで心身共に病んでいき。看取られずに死んでいくお母さまに対して、私が感じたのは悲しみではなく恐れだった。
「大丈夫よ……私が、死んだら……今度こそ、あの人の目も覚めるでしょう。きっと戻ってきて、イザベルの傍にいてくれるわ」
「……、ごめっ……なさ……」
「いいのよ……私こそ、ごめん、ね……」
泣いて詫びた私に、お母さまも謝って息を引き取った。
……お母さまが亡くなったのに、私が感じたのは悲しみではなくお父さまが戻ってくる安堵で。
(そんな薄情で悪い子だから、天罰が下ったのね)
お父さまは、確かに葬儀の後に戻ってきた。
けれど一人ではなく、美しいが平民の母娘を連れてきて、新しいお義母さまと妹だと告げたのだ。
(だったら)
二人を拒絶すれば、お父さまは私を見てくれる。たとえそれが憎しみだとしても、今までのような無関心ではない。
そう思い、かつての母親の言葉を口にしようとしたところで――不意に、聞き覚えのない声がした。
「……あ、これ、ネット小説で読んだやつ?」
首の後ろで束ねた黒髪。小柄だから女性だと解るが、ズボンを履いている。だけど騎士と言うよりは、教師や文官のようだ。
いつの間にか、私を庇うように前に立ったその女に――私は、思わず言ってしまった。
「どうして……何故、邪魔したの?」
刹那、一筋、また一筋と涙が溢れて頬を伝った。
お父さまはいるけど、ほとんど家にいない。
お母さまはいるけど、ほとんど私を見てくれない。
借金のあったお父さまは、その返済の為に伯爵令嬢であるお母さまと結婚したらしい。だけど、お父さまには結婚前から好きな女性がいて――そのことを責め続けるお母さまに、愛想を尽かして想い人の元へ。結ばれた後は、彼女の家に入り浸っている。
……使用人達は、すぐ怒るお母さまよりお父さまの味方だ。
しかも間の悪いことにお母さまの両親、つまり私の祖父母が事故で他界し、お母さまの後ろ盾が無くなってしまった。
使用人達は、お母さまに聞かせるようにお父さまとその恋人の親密ぶりを噂し、そのせいで子供の私の耳にも入ってきた。
「お父さまが、来てくれないから……私達は、二人きり。私には、あなただけ。そしてあなたにも、私だけ」
そう言って、お母さまは私を抱きしめるけれど――お母さまが見ているのは、ここにいないお父さまだけだ。お母さまにそっくりで、そのせいでお父さまに避けられている私じゃない。
解ってはいたけれど、この家での私の味方はお母さまだけで。
だから、お父さまに愛されないことで心身共に病んでいき。看取られずに死んでいくお母さまに対して、私が感じたのは悲しみではなく恐れだった。
「大丈夫よ……私が、死んだら……今度こそ、あの人の目も覚めるでしょう。きっと戻ってきて、イザベルの傍にいてくれるわ」
「……、ごめっ……なさ……」
「いいのよ……私こそ、ごめん、ね……」
泣いて詫びた私に、お母さまも謝って息を引き取った。
……お母さまが亡くなったのに、私が感じたのは悲しみではなくお父さまが戻ってくる安堵で。
(そんな薄情で悪い子だから、天罰が下ったのね)
お父さまは、確かに葬儀の後に戻ってきた。
けれど一人ではなく、美しいが平民の母娘を連れてきて、新しいお義母さまと妹だと告げたのだ。
(だったら)
二人を拒絶すれば、お父さまは私を見てくれる。たとえそれが憎しみだとしても、今までのような無関心ではない。
そう思い、かつての母親の言葉を口にしようとしたところで――不意に、聞き覚えのない声がした。
「……あ、これ、ネット小説で読んだやつ?」
首の後ろで束ねた黒髪。小柄だから女性だと解るが、ズボンを履いている。だけど騎士と言うよりは、教師や文官のようだ。
いつの間にか、私を庇うように前に立ったその女に――私は、思わず言ってしまった。
「どうして……何故、邪魔したの?」
刹那、一筋、また一筋と涙が溢れて頬を伝った。