私と母と、一緒に暮らしませんか。

そう、言おうとした矢先だった。
リビングに突如、電子音が鳴り響く。先輩は自身の服のポケットからスマホを取り出すと、私に視線を投げた。


「悪い」


端的に告げて、彼が横をすり抜けていく。背後でドアの開閉音がした。

ぽつぽつと漏れ聞こえる声から察するに、電話だろう。
気まずい空気から逃れられてほっとしたのも束の間、たった今閉まったはずの彼の部屋のドアが、勢いよく開いた。


「華!」


剣呑な目つきで私を睨む彼。
一体どうしたのか。語気を荒らげた彼が次の瞬間、言い放つ。


「お前の母さんが倒れた」

「え、」

「原因はまだ分からない。とにかく、すぐに荷物まとめろ。――万が一のために」


頭が真っ白になるとは、このことだ。
その時感じたのは焦りでも不安でもなく、ただひたすらに「怖い」という感情だけだった。

待って。ちょっと待ってよ。
倒れたって、病気? なんの? 万が一って何? まさか、死――


「華っ!!」


肩を掴まれ、がくがくと揺さぶられた。容赦なく食い込んだ彼の指が痛い。


「急げ! いつでも出られるように、」

「嫌です!」