君の音に近づきたい


どれだけ走っただろう。
呼吸をするのが苦しくなって、膝に手をついて立ち止まる。

胸がヒリヒリして、胸のあたりのブラウスを掴んだ。


――君のことが好きなんだ。


私はなんてバカだったんだろう。

林君がいつも私に向けてくれた笑顔を思い出して、ぎゅっと目を瞑った。


人を好きになるっていう気持ちは……。

その時、無意識のうちに浮かんだ顔に、自分自身で驚く。それを打ち消したくて、おもむろに背を起こした。

起こした先に見たものが、胸に鋭く突き刺さる。


二宮さん――?


そこは、高校の校舎の先にある大学の敷地内。大学生専用のちょっとした広場だった。
そこに配置されていたベンチの一つに、座っていた。

大学の敷地内とあって、文化祭をしている高校の校舎とは違ってあまり人けはなかった。

二宮さんの隣にいる人――。
長い髪が、風で揺れる。二宮さんに向けるまなざしは、たおやかで大人なもので。
遠目でも分かる。とっても綺麗な人だった。細くてすらりとした腕や足が、妙に浮き立って。

その女性に顔を向けているから、二宮さんの表情は見えない。
でも、その二人の距離感から、近しい間柄だと分かる。

二宮さんが綺麗な女の人といる――ただそれだけ。

なのに、どうしてこんなに胸が痛いのかな。
どうして、締め付けるみたいに苦しくなるのかな。

そんなに見ているのが苦しいのなら立ち去ればいいと思うのに、この足が動かないのはどうして――。

その人の二宮さんに向ける眼差しが、嫌というほどに私に思い知らせる。

”おこちゃま”の私とは全然違う、大人の女性。

そんなの一目瞭然で当然なのに、その瞬間胸に過った感情に、自分自身で驚く。

二宮さんがあの女性のものであってほしくない――。

どうして、そんなことを……。


『君をあの人に取られたくなくて、もうこらえられなくなった』


ついさっき、林君が言った言葉が蘇る。

私は思わず頭を振る。

違う。違う。そんなの困る――!

とても怖くなって、目の前が真っ暗になる。


「……桐谷?」


その声にハッとする。
女性の方を向いていたはずの二宮さんが、私の方を見ていた。

バカな私は、そのまま逃げ出してしまった。


「お、おいっ!」


何も言わずに逃げ出して。振り返ることなんて出来るはずもなかった。