君の音に近づきたい



「愛の挨拶かー。この曲いいよね。二宮さんのイメージにぴったりだ」

校内に貼られた『聖ヶ丘祭』のポスターを見て、香取さんが言った。

「あれ、でも……2曲目、未定ってどういうこと?」

並んで立ってそのポスターを見ていた。香取さんが、私に顔を向ける。

「秘密にしてるんだ」

「秘密? サプライズ?」

「そう!」

リベルタンゴの曲名は明かさないことにした。
二宮さんのアレンジで、超攻撃的で超激しいリベルタンゴになっている。
つまり、貴公子の演奏するものとは程遠い。

だから、秘密。

「――桐谷さん、元気になったみたいで良かった」

二人並んで立つ私たちのところに、林君がやって来た。

「ゴメンね、心配かけちゃって。一日ぐっすり寝たらすっかり元気!」

笑顔で応えるも、林君の表情はどこか浮かない。

「それなら良かった。凄く心配したから……。あ、あのさ――」

「ん?」

「桐谷さんは、二宮さんと、」

そこまで言って、途切れる。でもすぐに思い切ったように林君が言った。

「付き合ってるの?」

「え? な、何言ってるのよ! そんなわけないよ!」

林君までお母さんみたいなこと言わないで欲しい。

「でも、昨日の二宮さんは、まるで――」

林君が唇を噛みしめる。そんな林君が、不思議でならない。
どうしてそんな顔をしているのか――。

「林君?」

「ごめん。何でもない」

そう言って、林君は走り出した。

「ちょ、ちょっと」

「……ふーん。そういうことね。なるほど」

引き留めようとする私に、香取さんが意味深な顔をする。

「何が、そういうことなの? 林君、どうしたんだろう」

「桐谷さんも、罪な女ねぇ。鈍感って、時に凶器だよね」

「さっきから何を言ってるのよ」

「そういうことは、他人がとやかく言うことじゃないからねー。でも、仕方ないよ。桐谷さん、可愛いし」

「か、かわいい? 私が?」

全然、意味が分からない。可愛いだなんて、誰からも言われたことない。

「うん。桐谷さん、可愛いよ。それに、優しい。その優しさはいつも一生懸命で、真っ直ぐで明るい。一緒にいると、癒されるもん」

そんなことを言う香取さんをぽかんと見つめる。

「――そういうことだよ」

香取さんがそんな私を見て笑った。