「それは残念。じゃあこれも君にとってはどうでもいい話かな。君の婚約者が他の女の子に迫られても気にならないか」

「アレン様が!? あ、いや、まだ候補ですけど!」

 婚約者なんていない。まだ候補だ。しかしいつもの訂正を入れてから、ファルマン相手に焦ることもないのではと思う。
 だいたいアレンが他の女の子に迫られるなんて日常だ。あの顔と身分で表向きは好青年なのだから、取り立てて騒ぐことではない。

「そっか、彼は候補なんだ」

 うんうんとファルマンは納得するように繰り返し頷く。

「候補なら他の女の子に迫られても気にならないね。このままだと彼、その子のものになっちゃうけど問題ないよね」

 それをイリーナに教えるのは決して親切からではないだろう。そもそも笑顔で語る内容ではない。
 ゲームの知識を持つイリーナはこれと似た話を知っていた。
 ゲームでのイリーナはアレンの心を自分に向けさせるため、ファルマンの策略で危険な薬を入手する。けれどそれは不完全な薬だった。失敗したイリーナは心を奪われ感情を失くし、喋ることもなくただ人形のように生き続ける。

(この人、また誰かを利用したのね)

 アレンの危機を教えることでイリーナを舞台に立たせるつもりなのだろう。
 イリーナを利用出来ないファルマンは他に都合のいい人間を見つけた。アレンに迫っているというのなら女性だろうか。

(まさか……)

「ライラ?」

 ファルマンの反応で懸念は核心に変わる。

「あれ、君たち知り合い? そうそうあの子、いつだったかバザーで怪しい薬を手に入れたみたいなんだ! 危ないよね」

 それを注意せずに見守っていたくせに、どの口が危ないと言う。おそらく裏で手引きしたのはファルマンだ。

「貴方が手引きしたんですね」

「さあ、どうだったかな。あの子が勝手に危ない薬に手を出しただけでしょ? 本当、可愛い子だよね。何を焦っていたのか知らないけど、利用しがいが――おっと」

 美しく釣り上げられる唇が憎たらしい。その台詞はかつてゲームの中ではイリーナに向けられていた言葉だろう。貶められているのは自分ではないけれど、まるで自分に向けられているようで苛立ちが募る。

(ゲームのイリーナもこんな風に裏で笑われていたのね!)

 被害に遭っているのはライラとはいえ、気分の良いものではない。にやにやとこちらを見るファルマンの眼差しが憎かった。