アレンの片腕に腰を落ち着けたイリーナは彼の首に腕を回す。これでは兄妹というより親子のようだ。
 しかし抱き上げられたことで確かに店は覗きやすくなっている。十七歳だった頃よりも高い目線に、これがアレンの見ている景色かと新鮮に映った。
 当初は抱き上げられて店を回るなんて絶対に無理だと思っていたが、いつしかイリーナは遠慮なくアレンへ指示を飛ばしている。

「アレン様、あそこ! 次はあの本が並んでいるお店に行きたいです!」

「了解だ」

 遠慮していては一日が終わってしまう。あんなに嫌がっていたはずなのに、目の前にある宝の山にイリーナはすっかり夢中になっていた。
 傍で聞こえた笑い声に横を見ると、紫水晶の瞳と視線が重なる。

「なんですか? アレン様」

「こんなに傍で君の笑顔を見るのは初めてだと思ってね」

「私がいつも不愛想みたいじゃないですか」

「違ったかな?」

「ちがっ! ……わないですけど」

「君が楽しそうで何よりだ」

 反論出来ずに悔しいけれど、アレンの言う通りだ。

(あれほど怖がっていたのに不思議。思ったより怖くないかも)

 こんな時間が続くのなら、たまには屋敷の外に出てもいいかもしれない。そんな風に前向きに考えられるようになっていく。

「何か食べたいものはあるか?」

 あちこち見て回ったところでアレンが提案する。空腹というわけではないが、ずっと自分を抱えているアレンは疲れているだろう。彼のためにもどこかで休憩したいとイリーナは周囲を見渡した。

(どこかに座る場所はないかな……)

 けれどイリーナが視線を向けた先で見つけたのは少女の後ろ姿だった。魔法学園の制服に、明るいベージュの髪が歩くたびに揺れている。

「アレン様隠れて!」

 焦った様子のイリーナにアレンは何を言うでもなく建物の影に身を潜めた。
 あれが主人公ライラであるという確証はないが、後ろ姿はそっくりだ。学園最寄りの町なのだから、主人公が立ち寄っていてもおかしくはない。

「どうしたんだ?」

 いくらか落ち着いたことを確認してからアレンが小さく声を発した。

「知り合いに似た人がいたんです」

 イリーナはもう一度彼女がいた方を覗いた。けれどもう一度その姿を見つけることは叶わない。