「知り合いに会ったらどうするんですか!」

「普通に気づかれないんじゃないか?」

「はっ!」

 盲点だった。指摘され、幼女の姿であったことを思い出す。

「気になるんだろう?」

 挑発するような囁きにイリーナは押し黙る。こうして話をしていたせいか、じわじわと欲求は強まるばかりだ。

(この外出で手に入る貴重な素材があるかもしれない。でも、外には他の攻略対象がいる。外には主人公がいる。外は怖い。怖いけど、でも……)

 たっぷりと自問したイリーナは小さく望みを口にした。

「少しだけ……」

 ――外に行ってみたい。
 イリーナの本音はアレンに届いていた。

「では行こう。婚約者殿からの貴重なおねだりだ。ぜひとも俺に叶えさせてはくれないか?」

「候補です」

 いつも通りに平坦な口調で返せば、そうだったねとアレンも軽く流されてしまった。

「大丈夫だ。何かあれば上手く誤魔化そう」

 アレンはイリーナの前で膝を折り、視線を合わせて手を差し伸べる。

(アレン様、しゃがんで視線を合わせてくれた。そうだよね。私は小さくなったんだから……)

 幼女の姿だ。アレンの言う通り知人に会っても気づかれないだろう。主人公と遭遇したところでアレンが幼女とデートしているとは思わないはずだ。

「……本当ですか?」

 ちらりとアレンの様子を窺う。

「任せておけ」

 頼もしそうに微笑まれ、差し出された手を未練がましく見つめてしまう。アレンだって攻略対象の一人。この手を取ることも危険だとわかっている。なのに衝動がイリーナを突き動かそうとする。

「言っただろう。外へ行きたくなる日が来たら声を掛けてほしいと」

「あ……」

 かつてアレンは引きこもるイリーナを外に連れ出そうとしてくれたことがある。外は怖いと言って怯えるイリーナに、アレンは怖いものから守ると約束してくれた。

(あんなの約束とも言えないのに。アレン様、まだ覚えてたんだ)

 まさか本当にそんな日が来るとは思えなくて、イリーナは忘れていたくらいだ。あの頃からアレンは変わっていないのだと思い知らされる。

(少しだけなら、この手を取ってもいいかな?)

 好奇心が勝ったイリーナはその手を取ることにした。