けれども彼が目を向けるのは味方の兵士たちではない。焦りを滲ませ石壁に身を乗り出したジークは、はるか上空に浮かぶ少女――異界から召喚された聖女に叫んだ。

「降りてくるんだ!! グズグリは狂暴だ! 君一人で、かないっこない!」

 グズグリとは、一つ目の飛竜だ。ぬるぬるとした粘膜に覆われた体は大きく、翼を広げれば大人二人分はある。ギザギザの牙が生えた口は獰猛で、さらにはブレスまで吐く。おまけに粘膜により刃は通しづらく、倒すのに苦戦をする相手だ。

 空に浮かぶ少女に、ジークの声は届いていないようだ。癖のない黒髪を風になびかせ、まっすぐにグズグリの群れを見据えている。その横顔は凛々しく、研ぎ澄まされた刃のように美しい。

 だからといって、彼女ひとりで、グズグリの大群を退けられるとは到底思えない。世界を救う聖女の召喚は、魔王復活以来、エルノア王国の悲願だった。これからようやく反撃というときに、みすみす聖女を喪うわけにはいかない。

 こうなったら王宮魔術師を呼んで、空まで彼女を止めにいくしか。そのようにジークが考えたとき、聖女が動いた。