ぴちょん、と。水音が跳ね、冷たい滴がすっと通った鼻に当たる。それを合図に、メリフェトスはゆっくりと瞼を開いた。

 つい先程まで見晴らしの良い丘で見せていた、穏やかで柔らかな表情とはまるで違う。魔王軍幹部としてふさわしいピンと張り詰めた空気を見に纏い、青紫色の瞳で静かに当たりを観察する。

 湿り気を帯びた臭いが、鼻腔をくすぐる。天井は高く、壁はゴツゴツした岩肌だ。どうやら、かなり広い洞窟の中にいるらしい。

 そのわりに彼の座る床は平らにならされており、居心地の悪さを感じない。自然の洞窟をベースとしながら、きちんと手を加えられているのだろう。

(俺も随分、勘が鈍ったものだな)

 自分を縛り付ける黒い影を見下ろして、メリフェトスは自嘲する。自分もアリギュラも、忍び寄る黒い魔力に全く気付けなかった。

 人の身に落ちたのが原因か、それともエルノア国に来てからの平和で呑気な生活が理由か。……おそらく、今回は後者が正解だろう。なにせあの時、メリフェトスは目の前で戸惑うアリギュラの姿しか目に映っていなかったのだから。