「そう言ったらきっと、あなたを困らせてしまいますね」
ざあっと、一際強い風が丘を駆け抜けた。
どういう、意味だ。そのたった一言が、喉に詰まって上手く出てこない。赤い瞳を揺らすアリギュラを、凪いだ青紫色の瞳が射抜く。
しばらくして、メリフェトスはそっと目を伏せた。
「忘れてください。私はただ――……」
言葉は最後まで続かなかった。突如、メリフェトスの座るシートから、無数の触手が伸びるように影が吹き出したからだ。
「……は?」
「んなっ!?」
虚をつかれたようなメリフェトスの声と、アリギュラの短い悲鳴。魔王とその腹心の部下、その二人をもってしても、とっさのことに動くことが出来なかった。
純粋な驚きに染まった、切長の目と視線が交わる。次の瞬間、メリフェトスの身体は地面から伸びる無数の影に呑まれた。