意識が逸れている間に逃げなくては。そう、『彼』は既に折れて力の入らない腕をなんとか伸ばし、地を這おうとする。

 けれども、そんな『彼』の背を、無情にも人間が踏みつける。中で骨が折れる気配があって、『彼』は苦痛に悲鳴をあげた。

「かっ………、はっ……!」

「やっぱいいよな。高位魔族は効率が良くて」

 痛みに呻くメリフェトスを気に求めず、人間はぐりぐりと背中を抉りながら呑気に話を続ける。

「スライムだのプチプチやってるより、よっぽど経験値とれるもんな」

「回復力も高いからなかなか死なないし。長くいたぶれるのもポイント高いよ」

「どこのギルドだか知らないけど、仕留め損ねてくれて有難いぜ。おかげで、俺たちがおこぼれに預かれるってもんだ」

 苦痛と、憎悪と、悔しさと。様々な感情がぐちゃぐちゃに澱んで、熱い雫となって目から零れ落ちる。

 どうして魔族というだけで狩られる。どうして魔族というだけで殺されなくてはならない。

 我らはただ、静かに暮らしているだけなのに。

「ねえ。いい加減殺しちゃおうよ」

 ずっと黙っていた最後の一人が、面倒くさそうにそう言った。憎しみに身を焦がして睨みあげる『彼』をつまらなそうに見ながら、その人間はため息をついた。

「そいつの鱗、なんだか気持ち悪いしさ」

 まるで虫の死骸を眺めるかのような、無感情の瞳。その眼差しに、『彼』は己の死を覚悟した。