「ここはやっぱり、シンプルに塩焼きかな」

 純也さんはそう言うと、リュックから取り出した小さなタッパーに入れてきた塩を一つまみ、網に並べた魚に振りかける。

「――あ、そうだ。お弁当作ってきたんですよ。おにぎりと玉子焼きと、夏野菜のピクルス」

 愛美も、提げてきた保温バッグから二人分のお弁当箱を取り出した。何だかちょっとしたピクニックみたいだ。

「おっ、うまそうだね! イワナもそろそろいい感じに焼けてきたよ」

 純也さんが焼けたイワナをお弁当箱に乗せてくれて、二人は豪華なランチタイム。

「焼きたてでまだ熱いから、ヤケドに気をつけてね」

「はい、いただきます☆ ……あっ、()ふっ!」

「ほら見ろ。だから言ったのに」

 案の定、熱々の焼き魚を頬張ってハフハフ言っている愛美を見て、純也さんは楽しそうに笑った。

「じゃあ、僕も頂こうかな。……ん! 美味い!」

 釣りたてのイワナは、純也さんがキチンとハラワタの処理をしてから焼いてくれた。魚のハラワタの苦みが苦手な愛美も、そのおかげで美味しく食べることができた。
 初めて食べたイワナの塩焼きは身にほどよく脂が乗っていて、焼くとふっくらして美味しい。純也さんが言った通り、シンプルな味付けが一番素材の味を引き立たせている。

「この玉子焼きも美味しいね。多恵さんの味だ」

「……それ作ったの、わたしです」

「ええっ!? ……いや、多恵さんの味そのまんまだよ。驚いたな」

 純也さんは愛美の料理の腕――というか再現度の高さに舌を巻いた。

「そんなに驚かなくても……。でも何より、こんなに空気の美味しい場所で食べられることが、一番のごちそうですよねー」

 昼食を平らげた愛美は、その場で伸びをした。
 
「うん、そうかもしれないな。何年ぶりだろう、こんなにのんびりできたの」

 純也さんはしみじみと言う。
 彼は普段、東京という大都会で時間に追われた生活を送っている。経営者には経営者なりの忙しさというものがあるんだろう。