同日午後のこと。私は社長室へ向かっていた。書類にサインを、というのがひとつの用事。
もうひとつは優雅のことだ。
優雅の出自を、本人も父も私に言わない。言う必要が無いとは思えないし、故意に話していないような気すらする。さらに今朝のなんとなく歯切れの悪い態度……。そのあたりのことを尋ねたい。

本来は、業務時間外に聞きたいのだけれど、仕事中の父はあまり社内にいないし、私とは入れ違いのことも多い。家では母がいる。社長室でたまった仕事を片付けている今はチャンスである。

ドアをノックしようと思って、話し声が聞こえた。あ、この状況は前もあったぞ。
聞き耳をたててみると、室内の声は父と優雅のものだ。そうか、優雅は長らく父の秘書的な仕事もこなしてきた。今も父の手伝いに呼ばれているのだろう。
これは出直した方がいい。そう思いつつ、今朝のことが思いだされ、どんな話をしているか気になってくる。ドアに耳を押し当ててみた。

「きみが榮西に戻れば、風雅くんはどれほど助かるだろう」

どきりとした。父の言葉だ。
戻る? 榮西に? それは優雅が、ということだよね。

「兄は強引なところがありますから。それについていけないという者が現れても仕方のないことです」
「しかし、今回の造反は役員も関わっているのだろう。表沙汰になれば、榮西の根幹を揺るがすようなことに……」
「兄もわかっているでしょう。ですが、亡き父と兄の作り上げた榮西は、この程度のことでは駄目になりません」

聞こえてくる話の内容から推察するに、優雅のお兄さんがトップを務める榮西グループで、社員の造反があったってこと?
父は、このピンチに優雅に戻れと言ってるんだよね……。