入社から二週間近くが経った。
この日、私はランチタイムに駅ビル内のカフェにやってきていた。

「こっちよ、愛菜」

席で片手をあげているのは、真由乃だ。本社近くにある駅前のKODOホテル、フロント係として彼女は勤めている。今日はお休みの日なのだ。

「真由乃、久しぶり。なんだかんだで会うのが遅くなっちゃってごめんなさい」

私は座席に着く。私の帰郷のきっかけを作った幼馴染はにこやかにメニューを手渡してくる。自分はもう注文内容を決めているらしい。合わせてランチセットを私も注文した。

「愛菜ったら、戻ってきてすぐに入社して働き始めちゃうんだもの。もっとゆっくりするのかと思った」
「性分なのよ。それに、退職から一週間は荷造り以外してないからのんびりしたし」
「引越しって超重労働だと思うけどね。社長令嬢が早速バリバリ働いてるって、こっちでも噂になってるよ~」

こっちというのはKODOホテルの方でだろう。変な噂になっていないといいんだけれど。

「さすが、社長の娘さんだって、みんなすごく愛菜に期待してるみたい。左門さんの婿入りも決まって、未来の社長はどっちだろうって噂してる。どちらにしろ、KODO開発の未来は安泰だねって」
「待った待った。その話、おかしいわよ」

やっぱり変な噂になっていた。というより、当初の婚約の噂が消えていないばかりか、婿入りは内定。社長の名義を継ぐのがどちらかって段階になってる。

「私と左門優雅はまだ正式に婚約してないの。親はそう望んでるけど、私は了承してない」
「そう、愛菜が言うから私もホテルのみんなに、婚約は確定じゃないらしいですよって言ったのよ。でも、みんな全然信じてくれないの」
「いや、本人が否定してるんだから信じてよ」