「ふたりきりのときくらい呼んでくれてもいいじゃないですか」

優雅は微笑んでいるが、絶妙に嫌なところをついてくる。確かに私は極力彼を名前で呼ばないようにしている。部下だけど、一応年上だし。親密度をあげたくないし。職場では敢えて苗字を呼び捨てにしている。

「別にどうでもよいでしょう」
「あなたに姓で呼び捨てにされるのも楽しいですが、名前を呼び捨てにされるのは嬉しいですね。あなたのもののようで」
「変態……」

ぼそっと罵ってみるけれど、動じる様子が無い。というか、こういう話をしていたんじゃないんだけど。

「好きな女性を伴侶に、とあなたはおっしゃいますが、それではやはり僕は愛菜さんと夫婦になるほかないようです」
「だから……」
「僕は、あなたこそが未来のKODO開発の社長に相応しいと思っています。そして、僕が好きなのは愛菜さんです。ほら、僕の望み通りにしたら、僕たちは幸せな家庭を築きながら、KODO開発をともに発展させていくことになりますよ」

話が通じない……というか、引く気が一切ないみたい。どうしても、何があっても、私と結婚してこの会社の中枢に入るつもりなのね。

まあ、そうか。私自身が廃嫡を希望しても、古くからいる社員は私を担いで分派してしまう恐れもあるものね。
まだ社内の勢力状況は完全に把握していないけれど、この男の外交感覚が優れていればいるほど、簡単に私の提案を呑むはずがない。

「愛菜さん、注文しましょう。今日はコースではなく、アラカルトですがいいですか」
「……ええ」

よし、決めた。私はやっぱり、この男とは結婚しない。そして、この男をKODO開発の社長に据えてやろう。
ゆっくりと時間をかけて、社内もこの男本人も変えてゆこう。
その方が、私の人生の自由度も高いはずだ。