「あまり遅くなれないわ。父が心配しますから」
「社長には僕の方からお断りを入れてあります。なんなら、僕の部屋に宿泊でも問題ないと」
「どうしてそうなるのよ。結構です」

頬をひくつかせながら答えるけれど、お腹の中では父親に向かって叫んでいる。簡単に娘を差し出すんじゃないわよ!
グラスに注がれるお水。メニューを広げる前に私は優雅をじっと見据えた。

「あのね、あなたは本当に私でいいんですか? 最初にも言いましたが、私は結婚しなくても、あなたにこの会社を差し上げますよ。父が信頼する部下ですし、あなたの能力が高いことはわかりました」

私はずっと言いたかったことを矢継ぎ早に言う。

「あなたがほしいのはKODO開発でしょう? 私は一族経営なんて古くさいと思うし、私は自分の立場にはこだわりません。私が後継者を降りると言えば、多くの社員はあなたを推すでしょう」
「愛菜さんは、ご自身の能力をフルで使えるポジションにいたいんですね」
「ええ、そう。私の前職はご存じだと思うけれど、ずっと最前線にいました。あなたが社長になったあかつきには、営業本部長か営業部長の役職をいただければ満足。いっそ、KODOを辞めて、もう一度都内で仕事を探してもいいわ。実家には資産がありますので、会社の資産はいらない。あなたはお好きな女性を伴侶に選んで」

言い切った私を優雅はにこにこと平時の笑顔で見つめている。まったく心に響いているように見えない……。
その証拠と言っていいのか、不意に優雅が言う。

「愛菜さん、“優雅”と呼んでほしいとお願いしているんですが」
「はあ?」