「へえ、それはもったいないわ」

私は遠慮なく言う。

「あなたのような人材がこの会社に縛られていることがね。都内にはもっと大きな会社が星の数ほどあるでしょう」
「評価していただけるのはありがたいですが、僕の望みだからいいんですよ。あなたとの結婚もね」

そんなことをうそぶいても駄目だ。私はこの腹の見えない男を信用できない。

「私は現状望んでいないです」
「では、未来に希望ですね。こうしてお食事の誘いも受けていただけるわけですし」

めげないなあ、この男。私はめんどくさくなって嘆息する。
一週間ともに働いてみてわかる。父がこの男を重用しているのは、知り合いの息子だからなんて理由ではない。彼は判断と処理能力に優れ、非常にクレバーだ。
物腰が柔らかいのであまり感じないが、仕事の進め方は大胆で効率的。幅を利かせたがる古株の社員も、彼の人柄で従っていたりするからすごい。
そうした部分は学ぶべきところだ。私はつい、能力を見せつけて従わせようとするものなあ。

しかし、この男、職業人としては優秀だけど、婚約者としてはどうなの? 私に対してはやっぱり腹が見えないまま。

到着したお店は市街地から少し離れた立地にあるイタリアンだった。

「イタリアで長く修行したシェフが地元にお店を出したいと作ったそうです。人気店ですが、雰囲気は静かでいいですよ」

店内は若干薄暗い照明が大人のムード。広々としている割には席数が少なく、客と客の間が広い。

「ランチタイムはファミリーも受け入れますが、ディナータイムは大人のみですね。ここでしたらゆっくり食事できますよ」
「ええ、仕事の話ははかどりそう」
「婚約者同士の語らいを希望したいんですが」

私がどんな態度でも、優雅はにこにこ微笑んでいる。私はつんと無視して、案内された座席についた。