「左門」

私は職場の部下のひとりとして彼の名を呼んだ。

「いまだ中身の伴わないリーダーの補助をさせてしまい申し訳ない。ですが、あなたの立場を奪った分の仕事はします。サポート、よろしく頼みます」

すると、優雅が美しい立ち姿からきちっと腰を折り一礼した。

「承知しました。あなたの仰せのままに、古道リーダー」

その芝居がかった臣下のような態度に、むずむずしてしまうものの、なんて似合うのだろうとも思ってしまう。
すらりとした長身の美しい男に、忠誠を誓われているという状況は、明らかなる非日常だ。それなのに、この男の美しさのせいで全然不自然じゃない。顔がいいってすごい。
身体を起こした優雅は私に近づき、髪をひと束右手で掬い上げる。あまりに自然な所作に反応が遅れた。
飛び退った私を、面白そうに眺めて優雅が言う。

「失礼、糸クズがついていました」
「あ、ああ、そう」
「愛菜さん、あなたは本当に僕の理想通りの女性です。美しく、勤勉で、賢明だ」

私はむっとして睨む。

「職場で親しげな態度を取るのは禁止です」
「親しく?」
「名前を呼んだり……親しい間柄であるとほのめかすような言動。触れるのも遠慮してください」

自意識過剰っぽくなってないかしらと思いつつ言うと、優雅が殊更楽しそうに答えた。

「失礼しました。僕を意識して逃げるあなたが可愛らしくて、つい」
「意識してません!」

私はまたしても声を荒らげるのだった。