「愛菜さん、昼食はどうされましたか?」

午後に帰社してきた優雅が尋ねてくる。私は顔をあげ、答えた。

「ここで済ませました。お弁当だもの」
「会議室や談話室を使ってもいいんですよ」
「私が行ったらみんな緊張するでしょう」
「社員は皆、愛菜さんとコミュニケーションを取れれば嬉しいと思います」

うまいことを言っているが、私はまだこの閉鎖的なコミュニティの異分子だ。馴染むことを急ぐより、やるべきことはある。

「お節介は結構」
「それは、失礼しました。お節介ついでですが、今日のお帰りはお送りしても?」
「迎えがいらないんだから、送りもいらないに決まってるでしょう?」

この男、わざと私を挑発しているのかしら。苛立たしい気分で、私は言う。

「初日からご無理なさいませんように。あまり愛菜さんを頑張らせ過ぎては、僕が社長に叱られてしまいます」

うちの父に叱られる? 実際そんなことになっても、気にしなそうですけど。

「気を付けて遅くならないように帰るわ。あと、資料の疑問点をいくつかメールしておいたので、時間があるときに説明をお願いします」
「ええ、では早急に確認します」

優雅はにっこり微笑み、デスクに戻っていった。
その日、私は定時から三十分ほど残業した程度で帰路についた。幸いにも優雅は現れず、初日は誠に穏やかに終了した。