「では、愛菜さん」

頷いた私の顔を、腰を屈めて覗き込んでくる。何を考えているかわからない貼りつけたような笑顔で。

「僕のことは、優雅、と」

名前で呼ぶから、名前で呼べということらしい。私はふっと皮肉げに笑った、

「そうね、私たち、そういう関係になるのだものね」

名前で呼び合う関係、ごくごく親しい間柄。それは、私の意志とは関係なしに決まったことだ。

「優雅、と呼んでくださいますか」
「ええ、いいですよ」

私は皮肉げに微笑んだ。いつまで経っても、左門優雅は私を覗き込んだまま退かない。

「今? 今呼べと言ってるの?」
「ええ、今がいいです。呼んでくださいますか?」

にっこりと微笑むのだから、おちょくられているような気がしてくる。

「優雅……」

ぼそっと呼ぶと、左門優雅は納得したように頷き、運転席に乗り込んだ。
エンジンのかかる振動。なめらかに発進する車。ああ、すでに疲れた。背もたれに身体を預け、私は車窓を眺めた。

「私とあなたが婚約ですって」

無言の車内での話題にと思ったわけではない。この男がどう思っているのかわからなかったからだ。

「笑っちゃいますよねえ」

馬鹿にしたように口にすると、運転席から声が返ってきた。

「いいえ、笑いませんよ」

低く涼やかな声で優雅は言った。

「僕は愛菜さんと結婚します」

声だけではこの男の真意がわからない。バックミラー越しに覗こうかとも思ったけれど、あまり反応を返してやるのも癪なのでやめた。


私は近い将来、父の経営する会社を継ぐ。
父の部下であるこの左門優雅と結婚して。