翌日には母から連絡があった。真由乃とうちの母は繋がっていたのだ。正月もろくに帰ってこないひとり娘が唯一自分から連絡を取る幼馴染に、『何かあったら情報を』と言い含めておいたのだろう。そんなスパイ真由乃の活躍により、私のみじめな状況は知られないまでも『仕事に疲れを感じているみたいです』という情報は伝わってしまった。

『愛菜、こっちに帰ってきなさい。少しゆっくりして、お父さんの後継者として勉強を始めてみるのはどう?』

嫌だ、と思った。しかし、一方で、このまま会社にいても仕方ないというような諦めに似た気持ちもあった。噂や陰口に耐え、ムカつく連中を横目に見ながら日々を過ごすのはけして充実した毎日ではない。人生を仕切り直す機会が来ているのだろうか。

『新しいホテルの計画があってね。もし、あなたが戻ってくるなら計画から開業までを任せたいと。娘としてというより、いち社会人として期待してるとお父さんも言ってるのよ』

それは少々魅力的な誘いだと思った。家業とはいえ、父の会社が手広くやっているのは知っている。地方都市の一企業としては、かなり上手な経営戦略を持っているし、成功していると思う。新規事業をほいっと娘に任せたいというあたりが、反感を買いそうだけど、そこは私の手腕次第でどうにかなりそう。というより、実際は私を連れ戻したい方便で、いきなり素人に大きな仕事は任せはしないだろう。

今いる会社は、新卒からずっと勤めている。ここで築き上げたものも多く、簡単に手放せないと思っていた。でも、情勢は変わった。仕事ができるからと偉ぶっていたら、落ち目になった瞬間に方々から叩きのめされた。不名誉な噂を挽回する気力も湧いてこない。

もういいんじゃない? ここで頑張って見返すより、どのみち将来自分のものになる資産を、多くするために頑張った方が有益じゃない?

『そうね』

私は答えていた。

『実家に戻ろうかな』