春まだ遠い北陸のある都市、私は小さなバッグひとつを片手に新幹線から降り立った。
東京よりぐっと寒い気温に身を竦める。やっぱりスプリングコートじゃ早過ぎた。産まれてから十八の年までこの街にいたというのに、離れてしまえば冷え込みの厳しさも忘れてしまうなんて。
コートの前を掻き合わせ、プラットホームから改札階へ降りる。
改札の外で、ダークスーツの背の高い男が待っていた。会うのは二年ぶりくらい。以前会ったときと、美麗な顔立ちは変わらないのに、男ぶりが上がったように思う。
「お帰りなさいませ、愛菜(あいな)お嬢様」
男が腰から身体を四十五度に折り、綺麗にお辞儀をした。お辞儀ひとつとっても綺麗で、嫌味なくらい。私は『鬱陶しい』という気持ちをはっきり顔に出して口を開いた。
「その呼び方はやめてください、左門(さもん)さん」
左門優雅(さもんゆうが)は了承したのか、聞き流しているのかもわからない様子で、私の手からバッグを受け取り、隣を歩き出した。駅舎から出て、専用駐車場に案内される。父がよく乗っている国産のハイクラスセダンが見えた。
左門優雅は、久し振りの地元の景色を見回す私の歩調に併せている。こちらに視線を向けるでもなくさりげなく。父の腹心であるこの男が、私はどうも苦手だ。
後部座席のドアを開ける慣れた所作。私は当然とばかりに乗り込んだ。
「バッグは前でお預かりしましょうか」
「いえ、私が持ちます」
「お嬢様、何かご入用のものはございますか? ドラッグストアやコンビニでしたら、帰り道にお寄りしますが」
「その呼び方はやめてと言っているでしょう」
私は苛立ちを隠さない。この男は昔から私をそう呼ぶが、私自身は仰々しい呼び方が嫌いだ。