「おい、葵。あの屍(しかばね)何とかして欲しいんだけど。」
「むりむり!乙女の失恋は嘆いて嘆いて自己満足するまでソッとしておくのが鉄則だもの!」
智樹の言葉も遠くに聞こえる。
失恋か。
失恋したんだ。
葵ちゃんの言葉で、現実味が増していった。
「好きな人が自分を好きな世界って、どんな世界なんだろう。」
ぽつりと呟く。
両想いの人が羨ましい。
そんな奇跡みたいなことが起こる人が羨ましい。
前世でどんな徳を積めば、願いが叶うんだろう。
「………ま、前世なんてわからないけど。」
「意味わかんない独り言だな。」
「……智樹は黙ってて。」
もう何もかも面倒臭い。
やる気が全て消えていく。
今日、学校に来ているだけでも褒めて欲しいくらいだ。
ぼんやりとグラウンドの方を眺めれば、深緑色の体操着を着た生徒がチラホラ歩いている。
深緑色は3年生の学年カラー。
そして、楽しそうに話している男子の真ん中にいる人物に視線が囚われた。
「……悲しくて、苦しいのにさ…。なんで一瞬で見つけちゃうかな…。」
複雑な心境に陥った私の背中を葵ちゃんが撫でる。
「ヤケ食いしたい気分」
「……あ、そういえばケーキバイキングの割引券持ってるよ!」
友よ。心の友よ。
さすが葵ちゃん!
なんてグッドタイミングでいいもの持っているんだ。
「一緒に行こ!」
「えっと、有効期限は…」
葵ちゃんはバッグから券を取り出し、それを直視する。そして苦笑いを浮かべて申し訳なさそうに謝った。
「ごめん…。今日までなんだけど、私、部活動見学行かなきゃで…。キツイかも。」
「そっかぁ。じゃあまた今度だね。」
完全に甘いものの気分であった私。
残念だけど、仕方ない。
なんて思っていると…。
「でもせっかく割引券あるし!智樹とでも行って来なよ!」
「え、俺?」
「智樹、甘いもの好きじゃん! 友の傷を癒すという使命を其方(そなた)に授けよう!」
「いやいや、殿様か?お前は…」
待って。まさかの智樹と…?
まあ、別にいいけども…。
「……割引券使わないのもったいないじゃん!」
無理やり葵ちゃんは智樹の手のひらに割引券を握らせる。
「感想待ってるから!」
にっこりとした笑顔を浮かべて、葵ちゃんは次の授業の準備をしに自席へと戻っていく。
私の後ろにいる智樹はというと、じーっと私を見て一言。
「ずんだ餅あるかなー?」
「…………そのイジり方、もう全く気にしてませんから!」
「そうやってムキになる感じ、まだイジりがいがあるな〜」
クスクスと笑いながら私の前で割引券をヒラヒラとさせている。
「ほんとに行くの?」
「食べたいんだろ? 甘いもの」
「……食べたい、けど…。私と嫌じゃないの?」
「なんで?」
「いつもからかってくるから嫌われてるのかと…」
小学生の頃からずっと冷たくて、意地悪ばっかりされて。嫌な思いをしていた小学生時代。
「……悪かったよ。」
「もう気にしてないって。」
その会話を皮切りにチャイムが鳴り響いた。