好きな人とキスをした夜は全く眠れなかった。


拒まれなかったってことは、大ちゃんは私のことが好きなのかもしれない。
でも何もキスの後は話してくれなかったし、勘違いだったら嫌だな。


きっと私のことが好きだ。
いや、好きじゃないかもしれない。


この2つを行き来してばかりいた夜中だった。心中は不安定で、舞い上がった後は『違ったらどうしよう』と沈み込む。


「………ばからしい」


複雑な迷路の中を一生歩き回っているタイプの人間だと自己分析すると、睡魔が襲ってきた。そうしてやっと眠れたけれど、次の日は寝不足で…。


「…美鈴、今日ずっとボーッとしてるね」


葵ちゃんにそう指摘されても、一日中、上の空だった。























会わない日なんてない。
幼馴染だし、いつも一緒にいて同じ時を私たちは過ごす。

近すぎる距離感に、今日ほど困った日はない。


「美鈴、小皿取ってきて。」

「うん。」


無意識に視線は唇へと移動するし、目が合っても大ちゃんはすぐに逸らす。


気まずい雰囲気になりたかったわけじゃない。


「覚悟が足りなかったや。」

「なんの?」

「春太にはまだ早い。」

「?」


春太に軽く対応して、本日の晩御飯であるグラタンをテーブルの上に並べる。


「俺、食べたらすぐ風呂入って寝るわ。明日朝早いから。」

「部活?」

「うん。朝練。」


晩御飯だけだとしても、春太がいて良かった。大ちゃんと2人きりだったら話題に困って沈黙が訪れそうだし。

心の中で春太に感謝を抱いていると…。


「………姉ちゃんと大ちゃん喧嘩した?」


………弟よ。
その空気の読めなさは尊敬に値するぞ…?


突然の急展開。
私は頭を抱え、キッと大ちゃんに知られないよう、こっそりと春太のことを睨みつけた。


「俺の勘違いなら良いんだけど…。なんか珍しく2人ともヨソヨソしい。」

「そうか? 心配かけたのならごめん。寝不足だからか頭が回らなくて」


大ちゃんの絶妙な返しに、ほんの少しだけ胸がドキリと跳ねる。


(…大ちゃんも眠れなかったんだ…)


意識してくれた?
私のこと考えていたから眠れなかったの?

期待が胸に蔓延(はびこ)る。

チラリと横を見ると大ちゃんの耳が赤かった。


「……ぅわ…」


小さな声を漏らし、誰にも悟られないように私は悶絶する。


(むり…可愛すぎる…)


私相手に余裕がない大ちゃん。

満たされる優越感に頬が緩みそう。


「受験勉強も程々にしないと熱出ちゃうよ?」

「それはテスト前日の春太だろ? 一気に詰め込もうとするから…」


大ちゃんと春太の会話を忙しない心境で、ぼんやりと聞いていた。