ギャラリー『武々1B』のオーナー
ハジメが 宿についたのは、
塩梅よく 夜も更けって 観光客が
まばらな時間だった。
「やっぱりぃ、人が~少ないぃ」
雪の県道を進むと
由布院駅の灯りが見えたが、
いつもより人通りの少ない
温泉町のメイン通りは
ドーム屋根を持つ駅舎の
明かりさえ どこか
暗く感じさせた。
夜でなければ、
目の前には豊後富士といわれる
ウサギの耳を
思わせる独特の形をした
由布岳が聳えているはず。
「あ~。夜明け前ならぁ、
色がついた 霧の由布院が
見れたんだったぁ。残念~。」
ハジメは、レンタルした
青のクーペを
闇に白く浮かぶ雪の
県道沿いに走らせていた。
由布院は湧出量が
次の日に向かう
別府に続いて全国で2位を誇る。
湾側にある
別府温泉の奥の院として
他の温泉街にあるような
歓楽街がない為
派手なネオンが灯るわけで
なく、風情がある。
「確かぁ、明ける闇夜でぇ
浮かぶ霧にぃ、街の夜景が
透けてぇ、カラフルな霧に
見えるって。
ペーハが つぶやいてたんだぁ」
ハジメは、
盆地の霧が 色づく写真を
頭に浮かべる。
盆地の温泉は、
その数800を越える多さ。
が、
意外に源泉が円周状に
点在し
広大な敷地に低層ホテルや
平たく 宿が
立つ様子で、どこか
別荘地のような赴きもある。
まさに、
東の軽井沢と西の由布院と
いうだけある。
加えて、
由布盆地は
湖だったという話があり、
朝になると盆地を
濃厚な霧が満たして
それこそ、
霧に沈んだようになる。
『霧の湖に離れが点在する森宿』
由布院の老舗宿は
どこもそんな独特の雰囲気で、
湯気に煙るよりも、
霧に覆われる湯町だ。
「あ!あの辺りぃ、湖の近く
だよねん。黄色い街の写真~!
夜で雪だとぉ わかんないなぁ」
前もって辺りをつけた場所は
寒い時には湯気が上がって
見える湖の付近。
最近SNSにも投稿される
英国の村をイメージした
可愛らしい街路が
あの辺りだろう。
「絶っ~対!女子は好きな感じ
だからねぇ、SNSに上げるぅ!」
意気揚々と
青のでクーペで過ぎながら
その場所を確認をして、
ハジメは
県道沿いの森に
突然現れる宿への 看板道に
ハンドルを切る。
ギャラリースタッフのヨミが
予約した老舗のひとつ、
ハジメ宿が泊まるが
森の小路の先に見えてきた。
森の中、雪を被る 宿の玄関には
低い軒先に暖簾が掛かる。
「到着ぅ~。ペーハ、もう
来てるよねん?怒ってるかな」
森は宿の敷地で、
フロントがある本館以外にも
森の中には別館や 離れ、
露天風呂など
点在して、空気が違う。
それらを繋ぐ石畳の小路も、
雪化粧で、
ハジメは、助手席の少女人形を
腰に抱いて、チェックインに
向かう。
『武久 一 様ですね、、お連れ様が
先にお部屋へ 入られています』
フロントの女性スタッフが、
なんとも言えない顔で、
鍵を渡しつつ
ハジメと人形を見てきた。
「あ~、これねぇ。大事な商品
なんでぇ、持ち歩いてるんです、
気・に・し・な・い・でぇ♪」
ハジメが、人差し指を立てて
ウインクをすれば
フロントスタッフは、諦めた顔で
係にハジメを案内させた。
思えば、
この湯の街には創作人形を
集めたミュージアムがある。
なにより、8月に行われる祭では
平家の武将を藁人形にした
ものが、街に現れるのだ。
意外にぃ~、
等身大の人形なんかにはぁ
免疫がある温泉かもしれないねん
「由布院にして良かったよ~」
そんな独り言をいうハジメに、
案内のスタッフは、
勘違いをして
『ありがとうございます。』と
長い 半外になる回廊を
先導して 離れの亭へと
ハジメを 連れてくれた。
先に着いて居るのは、
人形の依頼主。
すでに、先客が滞在している
から案内は 入室を遠慮して
下がっていく。
「お待たせぇ~ってぇ、ペーハ?
居ないって?どこかなぁ。」
ハジメは、
一応、部屋を見回わすポーズを
してみるが、
水音と聞こえる鼻歌から
依頼主のカメラマンがいる
場所は明白。
そのまま、
部屋付き露天風呂の 戸を
開け放った。
「ペーハぁ~!!彼女ぉを~
連れて参上したよん!!おりゃ」
雪が積もる庭に
部屋付きとはいえ広い露天風呂。
その湯船に浸かる背中の男が
「がっ?!はっ?!おまっ!
て、ハジメさん、?何え、
うわ、誰?いやユエさん?
誰連れてるんですかー!! 」
そのまま湯船にずり落ちて、
ハジメが 腰に抱く
人影に
度肝を抜かれて、叫んだ。
「ええぇ~。そりゃぁ、ほらぁ
ボクはぁ 体が~ 弱いからぁ。
彼女とぉ一緒にぃ、由布院↑に
やってぇ、きたんじゃよぉ。」
クスクスとハジメが
ふざけると、
湯船に下半身を沈めて
カメラマンは
「いや!いつのネタしてるの?!
そーゆーのいいですから!
ハジメさん!
彼女って事は その人、
ユエさんの作品でしょ!」
唾を飛ばさんばかりに非難する。
「ボクに出来た彼女だよん~。」
やだなあ~、とハジメは
湯気が当たらないように、
人形を後ろに下げる。
「もしかして、ずっと連れて
歩いて来たんですか?!貴方?」
カメラマンらしい、
日焼けをした身体は 機材も
楽々と担げそうな、筋肉。
その割りには、
生真面目そうな物言いで、
ハジメに
疑問を投げ掛けてきた。
「うん!でもさぁ、フロントの
人も全然平気そうだったよん。
人形になれてるんだなって~。」
ハジメは
少女人形を お姫様抱っこで
持ち直し、
ほら、ここって
平安からの藁人形の祭って、
あるでしょ?そのせいかなあ~と、どや顔で笑う。
「あ、その祭。昭和に入って
から某公共放送局が企画して、
作られた祭ですから。ここに、
そんな地盤はないですから。」
それを、
カメラマンは、全く悪気ない
顔をして 全否定した。
「ええぇ~!あの祭もぉ?
うわぁ、やられたぁ~。ウソ~」
平家の武将とか~
出してくるのとかぁ 反則だよ~と
ハジメは 人形に泣き言を
言い始める。
「それより、ハジメさん、
もういい加減、彼女の人形を
直して欲しいですよ。
落ち着かないんですよ!」
湯船から、出れません!!
そろそろ逆上せそうに、
カメラマンがヘルプするれば
「ははぁ~ん。そりゃぁだねん」
ハジメは、
今気が付いたとばかりの
顔して
ペーハが、
大好きな『彼女と同じ人形』
だもんねん~。
と、姫抱っこする少女人形を、
カメラマンの鼻先に
わざと 近づけると、
カメラマンは 決まりが悪いと、
真っ赤な顔を湯船に
沈めた。