漆黒の髪、切れ長の同じく漆黒の瞳。
鼻筋も整っていて。
欠点を見つける方が難しい。
こんな完璧な容姿の人が彼氏……そう思ったら、やっぱり釣り合ってないなって思ってしまう。
当たり前だとは思うけど……
「描けた?」
「いえ、まだです」
ネガティブに考えるのはやめて、ハイスピードで描き上げていった。
輪郭、瞳、鼻、口……
輝楽さんの顔が整いすぎてるのと緊張して少し手が震えてしまっているから、描きづらかった。
でも、なんとか頑張って進めていく。
「描けました」
描き終わった時、思い通りに描くことができて満足する。
これが輝楽さんに似てるかは別として。
「見せて」
「あ、はい」
やっぱり本人に見られてると思うと緊張したけど、輝楽さんに描いたものを渡した。
それを輝楽さんが見てる間、俯いて反応を待つ。
内心、心臓がバクバクいってる。
「やっぱり上手いな。俺にそっくり」
聞こえてきた言葉に安心して、顔を上げた。
「それなら、よかったです」
笑顔を輝楽さんに向けた。
きっと嬉しくてたまらないっていう笑顔を。
「……っ」
その私の笑顔に少し目を見開いた後、何故か顔を逸らした。
えっ、どうして……
「輝楽さん?」
少し不安になった。
もしかして、私の笑顔が気持ち悪かったのかな……?
「その笑顔、反則」
「えっ……?」
輝楽さんをじっと見つめる。
その言葉の意味を考えながら。
「今までで1番いい笑顔だったし。普通に可愛すぎだから」
「なっ……」
可愛いって、また輝楽さんは……
かぁと顔が赤くなっていくのを感じる。
「その笑顔を俺に告白された時にしてほしかったって気持ちもあるけど」
そう言った後、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「伊鳥」
「何です……」
何ですかって言おうとしたところで、唇が塞がれた。
何をされたのか一瞬理解できなかったけど、理解した途端に一気に心臓のポンプが盛んになる。
綺麗すぎる輝楽さんの顔が目の前にあって、それが余計にドキドキさせた。
息が切れそうになったところで、ゆっくりと名残惜しそうに唇が離れた。
「輝楽、さん……」
「勝手にキスしちゃダメだった?」
輝楽さんには私が怒ってるように見えるのかな。
でも、そうじゃない。
「違います!ただ、キスするのは初めて、だったので」
思い出して、また顔が赤くなった。
両想いの人とするキスがこんなにも嬉しいもので、ドキドキするなんて知らなかった。
「は?初めて?」
「えっ、あ、はい」
輝楽さんを見ると、驚いた顔をしていた。
どうして……
「元カレとはしてないの?」
「はい。頼君とは手を繋ぐことくらいしかしてないです」
多分、できなかったんだろうけど……
「それ、ほんと?」
「ほんとですよ。嘘ついてどうするんですか」
「まぁ、それは確かに」
何に驚いてるのか分からない。
「俺が初めてか……嬉しい。俺、元カレとキスしてたと思ってたから」
「してないですよ。私のファーストキスの相手は輝楽さんです」
それは確かにそうかもしれない。
私は何も考えずに輝楽さんに告げた。
「ファーストキスの相手が俺。ほんと嬉しい。ちなみに、俺も伊鳥がファーストキスの相手だよ」
「えっ、そうなんですか!?」
これには、驚いた。
輝楽さんの言ってたこと、分かったかも。
「当たり前。だって、俺今まで恋したことなかったし。女嫌いだったから。まぁ、それは今でも変わらないけど」
『だから、本気になったのは伊鳥だけだよ』とそう言われて、心臓が高鳴っていく。
「ねぇ、伊鳥。もう1回キスしていい?」
「はい。いい、ですよ」
噛んで言った私に輝楽さんは少し笑った後、もう1度唇が重なった。
さっきよりも少し深くて甘くて、それでいて輝楽さんの想いが伝わってくるような、そんな忘れられないキスだった。
今、私は輝楽さんのいるT大に向かってる。
きっかけは太陽君の言葉。
「なぁ、伊鳥。ちょっと頼みたいことがあるんだけど、聞いてもらえる?」
「うん、どうしたの?」
「輝楽兄、珍しく忘れ物したんだよ。でも、俺今からバイト行かなきゃなんないから、伊鳥が届けてくれない?」
申し訳なさそうな顔してるけど、そんな顔しないで。
だって、私は……
「うん、全然いいよ。むしろ、輝楽さんに会えるなら、嬉しいから」
そう言った後で気づく。
最後のはいらなかったかな……
いや、でもさすがにまだ好きなんてないよね……?
私の自意識過剰だといいけど……
「ははっ、輝楽兄には敵わないな。じゃ、頼むぞ!」
「う、うん。分かった」
少し切なそうな顔してたけど、まさかね……
ということで、輝楽さんのところに行くことになったの。
それにしても、ほんとに珍しい。
輝楽さんが忘れ物したことなんて今までなかったのに……
今日は慌ててたのかな……?
そうだったら、なんか可愛い。
「伊鳥!」
「伊鳥ちゃん!」
そんなことを思っていると、私を呼ぶ声が後ろから聞こえてきた。
明らかに知っている声。
「由香ちゃん、肇さん」
後ろを振り向くと、やっぱり由香ちゃんと肇さんだった。
デート中なのか、2人の手は恋人繋ぎをしている。
「伊鳥、1人?だったら、私とデートしましょ!」
「えっ……」
これって、冗談だよね……?
2人、明らかにデート中だし。
なのに、由香ちゃんが私を本気で誘うわけないよね。
「おい、由香!それは酷いんじゃねぇの?」
拗ねたような顔の肇さん。
冗談だろうから、そんな顔しなくてもいいのに……
「うるさいわね!肇は黙ってなさい!」
「それは泣いちゃうぞ、由香」
うーん……
困ってしまったけど、とりあえずその冗談に返事をしてみることにする。
「由香ちゃんとのデートは魅力的だけど、私今から輝楽さんに忘れ物届けに行かなきゃいけないんだ。だから、無理かな」
「そうなのね。なら、仕方ないわ」
なんだか残念そうに見えるけど……気のせいだよね。
本気じゃないはずだし……
「ほんと、由香酷えの」
肇さんはそんな由香ちゃんに苦笑いを浮かべてた。
「そもそも、由香ちゃんと肇さんはデート中ですよね?」
これは聞くまでもない気がするけど……
「べ、別に、デートじゃ……」
「デートじゃないって言ったら、俺本気で泣いちゃうよ」
あ、もしかして、恥ずかしいのかな……?
まぁ、確かに知り合いにデート現場見られるのは恥ずかしいかも。
それか、私が1人だから気を遣ってくれたのかも。
「にしても、伊鳥ちゃんよく分かったね!」
「見れば分かりますよ。2人共おしゃれな格好してますし、何より手を繋いでるじゃないですか」
これでデートじゃないって言われたら、逆に驚くよ。
「デートだってちゃんと思われてるってさ!由香!」
「う、うるさいわよ!肇、何はしゃいでるの!バカじゃないの!!」
「そりゃあ、嬉しいだろ!ちゃんと恋人同士に見られてるってことなんだぞ!」
ふふっ、2人の会話は面白いなぁ……
なんだか、ほっこりするよ。
「ちょっと、伊鳥に笑われちゃってるじゃない!」
「いいじゃん、いいじゃん!伊鳥ちゃんに俺達のラブラブっぷりを見せつけてやろうぜ!」
「ほんと、何バカなこと言ってんの!?」
ほんと仲良いよね。
そう思いながら聞いていると……
「由香はさっきからずっと否定的だよなー。そんなに俺のことが嫌い?」
悲しそうな顔をしておられるけど、これは絶対わざとだ。
肇さんのことだから、答えは分かってるだろうし……
「そ、そんなわけっ……!す、好きに決まってるでしょ!」
「はー、やっぱヤバいなー。俺も由香のことが大好きだ!」
さっきとは打って変わって嬉しそうな顔。
やっぱり、分かって言ってるよね……
「嵌めたわね!」
「何のことだよ?」
「誤魔化すんじゃないわよ!」
また言い合いっぽくなってきた。
でも、多分これが由香ちゃん達の普通なんだろうな……
もうそろそろ行った方がいいよね。
この2人の邪魔をしたくないし。
「じゃあ、私もう行くね。由香ちゃん、デート楽しんで。肇さんも楽しんでください」
「あっ、伊鳥!」
「ありがとう、伊鳥ちゃん!思う存分楽しむ!」
「うるさいわね、肇!」
聞こえてきた声にクスリと笑った。
由香ちゃんと肇さんはお互いを想い合ってるって感じがするから、いいなって思う。
由香ちゃん達には負けてるだろうけど、私達の関係もいいものになってきてるよね……?
輝楽さんはこれでもかってくらい愛情表現をしてくれるし、私も最初とは比べ物にならないくらい輝楽さんのことが好き。
でも、やっぱりまだ遠慮はあるけど……
もっと進展して、由香ちゃん達みたいな関係になりたいな……
お似合いの2人を思い浮かべてそう思った。
考えているうちに、いつの間にか大学に着いていて。
ここかT大……
さすが、国内トップの大学……
敷地が広いし、建物も大きい。
それに、設備もちゃんとされていて、綺麗だった。
思わず見惚れていると、あちこちから視線を感じた。
我に返って周囲を見回すと、ほとんどの人がこっちを見ていた。
注目されてる……
やっぱり、ここの学生じゃないって分かるからかな……?
一応私服だけど……高校生だから幼いだろうし、大学生には見られないよね。
「あの子、可愛くね?」
「めっちゃタイプなんだけど」
「誰か待ってんのかね」
でも、こうやって注目された上にこそこそ話されるの嫌だな……
きっとよくないこと言われてるんだろうし……
はぁとため息をついた後、持っていたものをぎゅっと抱き込んだ。
輝楽さんに早く届けよう……
でも、肝心の輝楽さんはどこにいるんだろう……?
こんなに広いから、そう簡単に見つかるわけないよね。
でも、輝楽さんに会いたいから……
探し回るしかないね。
そう思ったところで、思い出す。
そういえば、前に輝楽さんの大学に行ってもいいのか聞いた時、いい反応じゃなかった。
むしろ、嫌そうで……
もしかしたら、迷惑かもしれない。
ただ会いたいからって理由だけで来られるのは。
そう思ったら、急に憂鬱な気分に苛まれた。
こうなったら、輝楽さんには会わずに誰かに任せた方がいいかもしれない……
でも、誰に任せればいいんだろう……?
「ねぇ、君可愛いね」
「俺らと遊ばない?」
悩んでいたその時、2人組の男の人が話しかけてきた。
どことなく、雰囲気が軽くて。
T大にもこんな人達がいるんだなぁ……
いや、もしかしたら外見だけかもしれないし、失礼かな……?
「あの、でも私忘れ物届けなきゃいけないので……」
「いいじゃん、そんなの。そんなことよりさ、俺らと一緒にいようよ」
「そうそう、その方が楽しいと思うし」
いつの日にか、声をかけてきた人達に似ていた。
……話を聞いてない。
この人達に任せるのはやめた方がいいかも。
「あの、本当に……」
「はぁ、何やってんの?」
後ろから聞こえた愛しい人の声。
振り向くと、そこにいたのはやっぱり輝楽さんだった。
肩で息をしていて。
もしかして、走ってくれたのかな……?
「か、神崎」
「な、何だよ。お前に関係ないだろ」
「関係ある。その子、俺の彼女なんだけど」
声が冷え冷えとしていて、顔も明らかに怒ってるのが分かる。
「あ、あぁ、その子が噂の……」
「わ、悪かったな、神崎。まさか、その子がお前の彼女だとは思わなかったんだよ」