苦笑いしながらそう言われたけど、いまいち意味が分からない。
無自覚っていうのはよく言われてるけど、それで何で輝楽さんが苦労するんだろう……?
首を傾げていたら……
「楽しそうですね」
どこか不機嫌な顔をした輝楽さんが来た。
隣には咲がいる。
「ははっ。神崎にはそんな風に見えたのか!」
氷河先輩は何故か笑ってるけど……これ、ちょっとまずい状況じゃないかな。
「私には見えましたよ!お2人って付き合ってるんですか?」
にっこりと笑った笑み。
その瞳の中には影が宿っていた。
それに気づかず、私は慌ててしまう。
誤解させたくない。
「そんなんじゃないよ」
「そうなの?」
じっとこっちを探ってくる。
……もしかしたら、咲は輝楽さんののとを好きになったのかな。
輝楽さんはすこくかっこいいから、一目惚れとかしてもおかしくない。
そう思ったら、不安でいっぱいになった。
「うん、付き合ってないぞー。それは俺からも否定させてもらう。だからさ、神崎。そんな顔すんのやめてもらえない?」
「……そんな風に言われるような顔はしてないと思いますけど」
「いや、今めっちゃ怖い顔してたから!自覚してるだろ~神崎」
「あなたは伊鳥ちゃんと近すぎるんですよ」
氷河先輩がちゃんと否定してくれて助かった。
何か、気になる会話だけど……
「……なんだ、付き合ってないんだ」
「えっ」
ボソッと何か言ったのは咲で、首を傾げた。
何言ったんだろう……?
「冰室さん、何か言った?」
「ううん、何でも。それより、私のこともう名前で呼んでくれないんだね」
少し寂しそうにそう言うけど、訳が分からない。
咲は私のことが嫌いなはずなのに、どうしてそんなことを言うんだろう……?
今日も友達になってほしいとか、そんなこと思ってないはずなのに……
「冰室さんがそれを望んでるんじゃないの?」
「逆に伊鳥は私が伊鳥のことを嫌いだと思ってるの?」
質問を質問で返された。
私が嫌いだから、あんなことになったんじゃないの……?
何が何だか分からないよ……
「まぁ、しょうがないか……輝楽さん、仕事の続き教えてください」
「あぁ、分かった」
チラッとこっちを見てきたけど、そのまま行ってしまった。
意味が分からないことだらけだから、教えてほしい。
どういうことなの……?
「伊鳥ちゃんって、咲ちゃんとなんかあったの?」
氷河先輩の気遣い溢れる声に我に返った。
「別に何でもないですよ」
氷河先輩が気づいたってことは、きっと輝楽さんも気づいてる。
だって、輝楽さんは本当に鋭いから。
きっと、過去のことも言わないといけないんだろうな……
覚悟をして、それから仕事に切り替えた。
輝楽さんと咲を見るのはきつい。
やっぱり好きな人と美人な咲が一緒に並んでるのを見たくないから。
私とは違ってお似合いだと思ってしまう。
何とか耐えて、営業スマイルを絶やさず、自分の仕事をこなした。
「冰室さん、どうでした?」
「一生懸命やってたよ。もともと、要領いいみたいですぐ覚えたし、呑みこみも早い。あれはすぐ慣れると思う」
「そうですか」
バイトが終わって、輝楽さんと一緒にマンションへと向かった。
咲は確かにちゃんと仕事をこなしていた。
私みたいな失敗はしてないみたいだし。
「それより、冰室と何かあったの?」
じっとこっちを見つめてきた。
やっぱり聞かれるよね……
「どうしてそう思うんですか?」
「あの会話聞いてたら、誰だってそう思う。もうそろそろ、過去のことも含めて話してほしい」
真剣な瞳で見られて、私は降参した。
もともと、覚悟はしていたから。
「分かりました。ちゃんと話します」
今日がその時。
本当はわざわざ話すまでもないような過去だと思うけど……
着いたら太陽がいて、すぐに話す形になった。
「あれは……」
私が中学生の頃。
まだ入学したばっかりで、その時はまだお母さんやお父さんと幸せに暮らしていた。
友達もできるか不安だったけど、その不安はすぐに消えた。
「ねぇ、名前なんていうの?私は冰室咲!友達になろうよ!」
真っ先にそう言ってくれたのは咲で、気が合いすぐに友達になった。
由香ちゃんと同じくらい仲良くなれた子。
そんな子は初めてだった。
「ねぇ、伊鳥は何の部活に入るの?」
「私は美術部に入りたいなって思ってるよ。絵を描くのが好きだから」
「なら、私も美術部入る!」
「でも、いいの?絵を描くのが嫌いだったら、無理に合わせなくても……」
「違う!私が伊鳥といたいの!」
そんな理由から、一緒の部活に入った。
もう親友と呼べる仲まできていたんだ。
すごく幸せで、嬉しくて……
そんな時、お母さんが事故で亡くなった。
私とお父さんは悲しみ、でも変に気を遣わせないためになるべく明るくするようにしていた。
まもなく再婚して、裕美さんが義母に、奈々美さんが義姉になったわけだけど……
それからだった。
苦しい生活が始まったのは……
「苦しいね。でも、大丈夫!私がずっと一緒にいるから!」
咲や由香ちゃんが励ましてくれて、本当によかった。
でないと、本当に壊れていたかもしれない。
「ありがとう」
何とか耐えながら、裕美さん達と一緒に過ごしていた。
それから、1年くらい経ったある日。
「俺、琴月のことが好きなんだ。俺と付き合ってください」
寺本頼君に告白された。
告白されたのは初めてだったから、気持ちは嬉しかった。
「うん、いいよ」
特に好きな人もいなかった私は、その告白を受けた。
「寺本君と付き合うことになった」
「へぇ、よかったね!」
そう報告すると、どっちも祝福してくれた。
頼君は始めは優しくて、私のことを可愛いって言ってくれたり、歩道を歩く時は必ず頼君が車側を歩いてくれた。
裕美さん達との生活は苦しいけど、咲や由香ちゃん、頼君と過ごす毎日は楽しかった。
ずっと続いて欲しいと思ったくらい。
でも、そうはいかないもので……
「ありがとう」
理科で実験用具を運ぶよう頼まれた時、一緒に運んでくれた男の子がいた。
その子にお礼を言うと、その子の顔が何故か赤くなった。
たまに疑問に思うけど、どうしてだろう……?
そう思いながら見送っていたら、頼君が怖い顔をして近づいてきた。
「伊鳥」
「何?頼君」
その顔は怒っていて。
何で怒ってるのか分からない私は、首を傾げた。
「他の男ともう喋るなよ」
「えっ、そんなの無理だよ」
話さないなんて、絶対できない。
何かしら接点があるから、どんな人でもある程度は喋るし……
「そうかよ」
そう言った時の頼君はすごく不機嫌そうだった。
その日からだったかな。
頼君が私をブスと言い出したのは……
「お前なんて可愛くない。むしろ、ブスだろ」
突然の豹変にびっくりしてしまったけど、確かにその通りだなと納得する。
可愛いっていうのはお世辞だったんだ。
でも、それを教室で言うことはなかった、周りには異変に気づかれてないみたいだった。
「仲良いよね!」
むしろ、仲良いと思われてる。
でも、それでよかった。
頼君に言われた言葉は少し傷ついたけど、そこまでだったから。
それからもその生活は続いて、他の男の子と話したりするだけで怒られた。
「お前って嫉妬深いよなー!」
そう言ってからかわれてたけど、本当にそうなのか分からない。
もう私のこと好きじゃないんじゃないかなって思うところまできていた。
「たくっ、クソ男よね」
由香ちゃんに言ったら、決まってそう言われた。
別に愚痴ってるつもりはなかったけど……
「嫉妬深すぎ!おまけに、伊鳥のことブスって言ってるとか、許せないわ」
最後の方はとても低い声で、怒ってるんだなってことが分かった。
「でも、本当のことだよ」
「もう最悪よ!伊鳥がより無自覚になっちゃったじゃない!」
意味は分からなかったけど、この時から無自覚って言われてた。
由香ちゃんに話すと、昔からすっきりした気分になるんだ。
その時、気づかなかった。
咲がこっちを観察していて、暗い顔をしていたなんて……
私が3年生になって、コンクールに出品する作品を制作した。
部長は咲で、私は副部長。
まさか、私が副部長になるとは思ってなかったからびっくりしたのを覚えてる。
だって、私よりきーちゃんの方が向いてると思うから。
それに、他にもそんな子はたくさんいた。
なのに、私が選ばれるなんて……
「伊鳥ちゃんはしっかりしてるからね!」
「安心して部を任せられるわ!」
卒業した先輩方にそう言ってもらえてすごく嬉しかった。
幸い、私は同級生からも後輩からも結構慕ってもらえてて、楽しく部活をしていた。
「伊鳥先輩、ここはどうしたらいいですか?」
「うーん、滲みを使ったら綺麗にできるんじゃないかな?」
「なるほど、滲みですか。やってみます!」
後輩は皆いい子で、ちゃんと私の言うことにも従ってくれた。
本当に楽しかった。
「琴月!」
「何ですか?」
ある日、慌てたような感じの顧問の先生に呼び止められた。
どうしたんだろう……?
「お前の作品が全国に行くことになったんだよ!」
「えっ、本当ですか?」
「あぁ!」
すごく嬉しかった。
私の描いた作品が全国に行くなんて。
顧問の先生も本当に嬉しそうだった。
何でも、この学校の美術部が全国に行ったことはないらしいから。
私自身も全国まで行けたのは初めて。
本当に嬉しくて、舞い上がってた。
それからある程度経ったある日、本当に舞い上がってたしまいそうな出来事が起こったんだ。
「あ、伊鳥ちゃん!」
「どうしたの?きーちゃん」
今度はきーちゃんの口から驚きの言葉が発せられた。
「伊鳥ちゃんの作品、全国コンクールで大賞だったんだって!」
「えー!」
それには、本当にびっくりだった。
嘘、本当に……?
「すごいよ、伊鳥ちゃん!」
美術部の皆から祝福され、学校内では全校の前で表彰された。
「琴月さん、よくやってくれました。あなたは我が校の誇りです」
そう言われて、改めて実感できた。
本当に本当に嬉しくて。
少し調子に乗ってたと思う。
だからこそ、気づけなかった。
周りを見ることができてなかった。
そのせいだろうね。
あんなことになったのは……
やっぱり幸せは続かなかった。
「伊鳥って最近調子乗ってるよね」
部活中、無表情の咲からそう言われた。
その表情と言葉に凍りつく。
部室の空気と一緒に。
「さ、き?」
「気に食わない」
吐き捨てるような言葉。
私の心をえぐるには十分なくらいの。
「周りがちゃんと見えてるの?浮かれすぎじゃない?」
確かに、それは咲の言うとおり。
「ねぇ、伊鳥。あんたは、寧々ちゃんが亜美ちゃんと虐められてるの知ってた?」
えっ、嘘……
寧々ちゃんが亜美ちゃんを……?
亜美ちゃんに目を向けると、目をそらされた。
それが事実だと語っていた。
「あんたがそんなだから、相談することもできなかったんだよ?」
本当に周りが見えてなかった。
亜美ちゃんが虐められてたなんて……全く知らなかった。
ショックを受けている私に、さらに畳み掛けた。
「他の子も気づいてたんだよ。気づいてないのは、あんただけ」
皆、気づいてたんだ……
ほんとに私酷すぎる。
「伊鳥の脳内って、お花畑だよね」
「ちょっと、咲ちゃん!やめなよ!」
きーちゃんが私を庇ってくれるけど、ダメージは大きくて。