いつの間にか、君に恋していたんだ。



「はぁ、そういうこと。太陽が連れてきた子だし、まぁ信用するよ。でも、母さんが帰ってきたらすぐやめてもらうから」


太陽は女をマンションに連れてこない。


多分、俺に気を遣ってるんだ。


だったら、俺も少しは我慢しよう。


リビングを出て、俺の部屋に行く。


すぐベッドに寝っ転がって、ため息をついた。


はぁ……まさか、こんなことになるとは。


さっきの女を思い出す。


表向きでは騒いでないしいい子そうだったけど、裏ではどう思ってるか分からない。


太陽が珍しく連れてきた女だし、信じたいけど……


やっぱり、信じられない自分がいる。


女なんて、結局皆同じだし。


「輝楽兄、入ってもいい?」


「あぁ」


律儀な太陽はわざわざノックして入ってきた。


「何?」


「輝楽兄は、伊鳥のこと信用できない?」


「まぁ、そうだけど」


わざわざそれを聞きに来たのか。


「さっきも言ったけど、伊鳥は輝楽兄が思ってる子じゃない。それは、俺が保障する!俺達のことを色眼鏡で見てない。伊鳥には輝楽兄が女嫌いだってことを伝えたよ」


「そう」


「で、輝楽兄の女嫌いを克服させるための手伝いをしてもらうことになったから」


「は?何勝手に……」


「それより、ご飯できたみたいだから、早く来て!」




俺の言葉を遮って、無理矢理リビングに向かって俺の手を引っ張っていった。


「ほら、輝楽兄」


「そんな引っ張んなくても、ちゃんと行くよ」


「いや、輝楽兄だから分からない」


「俺のことを何だと思ってるんだよ」


そんな俺達のやりとりに、女は笑ってる。


「何笑ってるの?」


「すみません。何でもないです」


またも冷たい目を向けていただろう俺に、また怯えたような顔をする。


確かに他の女とは違うみたいだけど……こんな風に怯えられてもな。


俺のせいだけど……


「輝楽兄怖がってるじゃん。伊鳥は何もしてないんだからさ。一応言っとくけど、伊鳥は本当に輝楽兄の知ってる女の人じゃないよ」


俺、悪者なわけね。


別に俺が悪いからいいけど、なんか……後味悪い。


「あの。私のことよく思ってないのは分かってます。神崎さんが女嫌いなのは、太陽君から聞きましたから。私のこと嫌いでもいいですけど、できれば仲良くしてもらえたら嬉しいです」


まだ怯えていたみたいだけど、はっきり言ったその子。


……そんな怯えた顔で言われたら調子狂う。


「はぁ、分かった。そんな怯えなくても大丈夫だから。それと、別に君のことを嫌いってわけじゃない。ただ、女が嫌いなんだ。君のことも女嫌いってひと区切りにしてるだけ」




居心地が悪かった。

それに、気まずい。


「そう、ですか。とりあえず、慣れてもらえるように頑張ります。よろしくお願いします」


「それ、2回目だけど。まぁ、ある程度距離を適度にに保ってもらえればいいよ……よろしく、伊鳥ちゃん」


まだ完全に信用はしてない。


でも、少しだけ信用しようと思えた。


「伊鳥、すごいな。輝楽兄を納得させた」


「とは言っても、別に女嫌いであることに変わりないから。3ヶ月終わったら、出ていってもらう」


「はい、分かりました。あ、それと、料理冷めてしまったかもしれないですけど、食べてみてください」


俺の冷たい言葉に少し笑って、食べるよう促した。


置かれたものに目を移し、箸を手に取って食べる。


「美味っ!」


「美味い」


「よかったです」


本当にホッとしたような表情。


それに、嬉しそうに笑ってる。


もとより整ったような顔をしてるから、そんな表情をすれば可愛い。


今まで女に対して思ったことはないけど、初めてそう思った。


この子、伊鳥ちゃんは表情がよく変わる。


この子なら、もしかしたら俺の女嫌いの克服させることができるかもしれない。


伊鳥ちゃんの作った飯を食べながら、そう思った。




この時の俺は知らなかった。


女嫌いの俺があんなにも伊鳥ちゃんに夢中になってしまうなんて……そして、伊鳥ちゃんが抱える過去も。


何一つ分かってなかった。



〔伊鳥side〕


昨日はすごく怒られてしまった。

あの人達に。


あの人達というのは、私の義理のお母さんとお姉さん。


私の本当のお母さんは、もう事故で死んでる。


お父さんは他のお母さんがいないと私が寂しがると思ったみたいで、義理のお母さんである裕美さんと再婚した。


そこでの生活ははっきり言ったら地獄。


私はあの家の奴隷扱い。


義理のお姉さんの奈々美さんとで、私に命令してくる。


普通の家なら、分かるかもね。


でも、お父さんは全く気づいてくれない。


ううん、気づけないんだ。


だって、お父さんはほとんど帰ってくることがないから。


お父さんが帰ってきた時は、裕美さん達は笑顔で私に接してくる。


貼り付けたような笑顔で。


その時はいいお母さんやお姉さんを演じてるんだ。


逆に帰ってこない日は、私が完璧に出来なかったり気に食わなかったりしたら、すぐに暴力を振るわれる。


こんな生活、嫌だし、1人で暮らしたいって何回も思った。


そう思っても出来ないのは、お父さんが私のためにしてくれたから。


お父さんは、私達が仲良くやってると思ってるから。


だから、私も演じるんだ。

仲の良い家族を。


でも、時々心が壊れてしまいそうになる時がある。


その支えになってるのは、由香ちゃん達がいてくれるから。


私を理解してくれるから。


由香ちゃんがいなかったら、きっと私はもう壊れてしまってる。




心が死んで、操り人形になっていたかもしれない。


「伊鳥、大丈夫?」


ちょうど、由香ちゃんが来て心配そうに顔を覗き込んできた。


「う、うん」


「それは嘘よね。ほんとのこと言って」


由香ちゃんには嘘が通じないな。


私のことをよく分かってる。


「まぁ、だいたい分かるけど。あの人達のせいよね。何言われたの?」


「実は……」





昨日。


家に帰ると、鬼形相の裕美さんと奈々美さんが立っていた。


「何やってたのよ!もう晩ご飯を食べる時間過ぎてるのよ!?」


「どうせ、どっかで道草食ってたんでしょ!さっさと作ってよ!」


やりたくないのに。


でも、どうしようもない。


「すみませんでした。すぐに作ります」


「イライラするわ!」


バシンッ


強く何かを叩いたような音が玄関に響き渡った。


その何かは、私の頬。


裕美さんが私の頬を叩いたんだ。


慣れているせいもあって、どこか冷静に見ている自分がいた。


「さっさと作りなさいよ!あなたなんて、私からしてみればいらない存在なんだから!」


いらない存在……




心に見えない刃でグサリと刺された。


そう言われるのにも慣れてるのに、それでも傷ついてしまうのは……心が弱くて、未だに信じてるからかもしれない。


そんなのありえないのに……


「はい、分かりました」


特に言い返さず、ただ謝った。


ここで言い返しても無駄だし、もし言い返してもっと酷い言葉が返ってくるかもしれないから。


結局、怖いだけ。


「すぐに作ります」


台所に行って、すぐに作り始める。


気分が重い。


でも、作らなくちゃいけない。


これが地獄じゃなかったら、何ていうんだろう……


「出来ました」


「遅いわね」


「待ちくたびれたー」


そんなに遅くなったつもりはないのに、いちいち文句を言われる。


こんなのこの家では当たり前なんだ。


「そういえば、何で今日遅かったの?言い訳聞いてあげるよ。私、優しいでしょ」


「あら、だったら私も聞いてあげるわ。奈々美、そこは私も優しい人に入れてよね」


「うん、もちろん。お母さんは優しいよ。こんな奴の言い訳聞こうとしてるんだから」


変な茶番。


こんな茶番、いらない……!


どこが優しいの?


この人達に優しさがある?




少なくとも、私や由香ちゃんはそう思ってない。


私には、ただの悪魔にしか見えない。


心の中でしか言えない私はそう思ってしまう。


とにかく事情を説明しないといけないから、口を開いた。


「本当にすみませんでした。今日から、神崎君という友達の家の家事をすることになったんです。どうも、神崎君のお母さんが3ヶ月間いないらしくて。だから、家事をすることを引き受けてしまいました」


言い終わると、奈々美さんが訝しげな顔でこちらを見ていた。


「ふーん、優しいのね」


明らかな嫌味。


そして……


「その友達って、まさか神崎太陽?」


まさか、知っておられるとは思ってなくてドキリとした。


「知っておられるんですか?」


「まあね。私は興味ないけど、噂が出回ってくるのよ。って、待って!神崎太陽ってことは、まさか輝楽さんいたの!?」


妙に食いついて聞いてきた奈々美さん。


もしかして……


「はい、いましたよ。女嫌いだそうで、嫌そうな顔されましたけど……」


「それは、当たり前よ!あんたなんか、輝楽さんの顔見るだけでも、輝楽さんが汚れるわ!」


「誰なの?その輝楽さんというのは」


「お母さんは知らないのよね。他校でも、知らない人はなかなかいないくらいの有名人よ。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群の3つが揃ってるの。でも、クールだから大抵の女は相手にされない」




奈々美さんは輝楽さんのことをよく知ってるな。


好きだったりするのかな?


「まぁ、そんなすごい人がいるのね」


「うん。あんた、身の程を知りなさいよ。あんたみたいに可愛くもない奴が輝楽さんと釣り合わないし、話す資格もないんだから!」


「そうね。迷惑をかけないようにしなさい」


言葉って、本当に見えない凶器だね。


でも、それは分かってるつもり。


私は別に神崎さんのことを好きってわけじゃないし、もし好きになったとしても釣り合うわけないから辛いだけだって分かってる。


「はい、分かってます」


そんなことになるわけにはいかない。


ちゃんと気をつけないと……







「……っていうことがあったんだ」


全て話すと、由香ちゃんは嫌そうな顔で叫ぶ。


「あーもー!あの人達、ムカつく!伊鳥に暴力振るった上に可愛くないですって!?あの人の目、腐ってるわ!こんな可愛い伊鳥のどこが可愛くないのよ!?」


「由香ちゃん、ありがとう」


私の代わりに怒ってくれる由香ちゃんに、私は次第に気分が晴れていった。


優しく親友を持てて、幸せだなぁ。


お世辞でもそんなことを言ってもらえるなんて。


「お世辞じゃないんだけど……あー、この子に分からせてあげたいわ。モテるってこと」


何やらぶつぶつと呟いている由香ちゃん。




何言ってるかは分からないけど、本当に幸せだな……


由香ちゃんは私のことをちゃんと考えてくれるから。



「そういえば、神崎太陽に行ったのよね。神崎輝楽先輩、いたの?」


「うん、知ってるんだね」


「もちろん。あの人は有名人だもの。去年までいたんだけど、人気は凄まじかったわ。ファンクラブもできてたみたいだし。クールで女嫌いだったから、女は相手にしなかったみたいだけど」


ファンクラブ……そんなモテる人だったんだ。


奈々美さんがああいうのも分かるかも。


「はっ、その王子が伊鳥のこと好きになったら、伊鳥のこと取られちゃう!」


今度は少し焦ってる。


由香ちゃん、面白いなぁ……


「大丈夫だよ。あんなイケメンで女嫌いの人が私のことを好きになるわけないから」


「伊鳥だからありえるんですけど」


小さい声で呟かれたから、私には聞こえなかった。



「由香ちゃん、何言っ……」


「伊鳥、おはよう!」


「あ、太陽君。おはよう」


私の言葉を遮って、元気な太陽君が挨拶してきた。


途端に、女の子からの鋭い視線を感じる。


「ずるい!」


「前まであんな感じじゃなかったのに、何で急に仲良くなったのかな」


「なんか悔しい」


女の子のやっかみって、本当に怖い。


奈々美さんもそうだけど。