ってことは、私が疑われるよね……
「昨日、会計誰がしたっけ?」
「えっと、確か胡桃だったはずだけど……」
「私やってないよ。琴月さんに代わってもらったんだ」
すると、一気に視線が私の方へと集まった。
「嘘っ、伊鳥ちゃんが!?」
「ありえない!」
「琴月さん、ほんとにやったのか?」
「んなことしてねえよな!?」
もちろんやってない。
そもそも、そんなことしたくもない。
そう口にしようとしたら……
「あ、でも私見たの。琴月さんが3万円入れるとこ」
木梨先輩が先に口を開き、不敵な笑みを浮かべた。
多分、この人だ……
そう確信する。
今までシフトを勝手に入れたり、オーダーミスも。
そして、3万円を取ったのも、きっとこの人。
私が輝楽さんと仲良いからだよね。
でも、証拠がない。
「魔が差しちゃったんでしょ?」
「違います。私はそんなことしてません」
私が持ってるわけない。
でも、木梨先輩の顔には余裕があった。
相当自信があるみたい。
「ねぇ、琴月さんのロッカー開けてみてよ。そこにあるから」
その言葉を聞いた時、ドクンと嫌な音が立つ。
まさか……
でも、私の予想が当たってたら、木梨先輩の顔に余裕があるのも頷ける。
反対に私はピンチだ。
ドキドキしながら私の予想が外れてることを祈る。
でも、無理で……私のロッカーから3万円が出てきた。
「そんなっ!」
「信じられない!」
「伊鳥ちゃんがやったのか!?」
「嘘だろ!?」
これで、信じてもらえない……
私の気持ちは絶望感でいっぱいだった。
どうすればいいんだろう……?
「ほんとに伊鳥ちゃんがやったの?」
そんな中、氷河先輩は疑問の声を上げた。
「なっ、氷河君だって見たでしょ?琴月さんのから出てきたのよ?」
「それを伊鳥ちゃんのせいって思わせるためのものだったら?あらかじめ、3万円を入れてね」
私を擁護してくれてるのかな……?
じっと氷河先輩を見つめた。
「そもそも、オーナーと神崎は微塵も疑ってないですよね?」
えっ……?
驚いて小夜さんと輝楽さんを見ると……
「当たり前でしょう?伊鳥ちゃんがどんな子かはちゃんと分かってるもの」
「もちろん。伊鳥ちゃんがそんなこと擦るわけないですから」
小夜さん、輝楽さん……
すごく嬉しかった。
信じてもらえたことがこんなにも嬉しいんだ……
「輝楽君まで信じるの!?」
「あなたと伊鳥ちゃんのどちらを信じるかと言ったら、伊鳥ちゃんの方に決まってます。そもそも、伊鳥ちゃんにはそんなことしてないっていう証拠がありますから。俺、伊鳥ちゃんに危害を加えることがないかって見張ってたんですよ。なかなかおさえられませんでしたけど、これが証拠です」
そう言って見せられた動画。
その動画は、木梨先輩が私のロッカーに3万円を入れてるところがバッチリ映っていた。
まさか撮られてるとは思わなかったらしく、木梨先輩の顔はさっきとは一変して青ざめている。
「いい加減にしてもらいたいものね。前の子もあなたのせいでやめたんでしょう?」
前の子……?
もしかして、同じようにされてやめた人がいるのかな……?
「もうあなたをここで働かせることはできないわ。今すぐやめてちょうだい」
……こんなきつい言い方を小夜さんを初めて見た。
「……すみませんでした。言われた通りすぐにやめます」
逃げるように、木梨先輩はお店から出ていった。
「ふぅ。大丈夫?伊鳥ちゃん」
「ごめん。もっと早く言えばよかった」
「大丈夫です。助けてくださりありがとうございました」
本当によかった。
小夜さんと輝楽さんのおかげだ。
「ごめん、伊鳥ちゃん!」
「うちら疑っちゃった。ごめんね!」
「本当にごめんな!」
「あいつの言葉を鵜呑みにしちまった。よくよく考えたら分かるよな」
先輩方が謝ってくれた。
別に謝らなくてもいいのにね。
でも、その気持ちが嬉しい。
「謝らなくていいですよ」
先輩方は悪くないのだから。
「ほんと、伊鳥ちゃんって優しいー!」
「性格もいいとか最高だよな!」
そんなことはないけど……
まぁ、今回のことで先輩方との距離が縮まった気がするからよかった。
ここでの生活は心から楽しいと思える。
これからもバイトを続けていきたいな……
夏休みが今日で終わる。
それに、あの日からもうそろそろ5ヶ月経つ。
なんか、あっという間だったな……
今までのことを振り返ってみた。
太陽君と仲良くなって。
家事をするよう頼まれて。
そこには輝楽さんがいて、最初は怖そうな人だなって思った。
でも、そんなことはないって知って、少しずつ仲良くなれた、と思う。
この楽しい生活が終わっちゃうんだ……
太陽君は学校で会えるし、輝楽さんともバイトで会える。
でも、少し寂しい。
そんな思いを抱きながら、私は太陽君と輝楽さんがいるマンションまで急いだ。
着いて中に入ると、2人は私を迎えてくれて。
「なぁ、伊鳥!せっかくだし、今日は外で食べない?」
「外で?」
「いつも作ってもらってるし、たまにはと思って太陽と話してたんだよ。どう?」
最近は小夜さんに作ってもらってるから、別に大丈夫だけど……
でも、確かにたまにはいいかも。
外で食べるなんて久しぶりだから。
「はい、そうしたいです」
「なら行こう!」
ふふっ。
でも、こういうやりとりももうできなくなるんだな……
そう思うと、やっぱり寂しかった。
「着いた!」
歩いたのは、数分。
着いた場所はラーメン屋さんだった。
「ラーメンですか」
「伊鳥ちゃんってあんまラーメン食べたことがなそうだなと思ってさ。それに近いし。だから、ここにしたんだ」
輝楽さんが説明してくれた。
輝楽さんの言うとおり……ううん、ちょっと違うかな。
ラーメンは私食べたことないから。
「私、ラーメン初めてです」
「えっ?」
「嘘っ!?伊鳥、ラーメン食べたことないの!?」
そう言ったら、驚いたような顔をされた。
そんなに驚くことかな、ラーメン食べたことないって……
お母さんはラーメンが嫌いだったし、あの家では私は作ってばっかりで外で食べることなんて少ない。
たまに、お父さんが帰ってきた時に外で食べたりしたけど、フレンチとかでラーメンじゃなかった。
だから、食べたことがないんだけど……
「じゃあ、これで初めて食べることになるんだな!」
「ここ美味しいから、食べてみたらいいよ。ある意味、いい経験になると思うし」
「そうですね」
なんだか、わくわくしてきた。
中に入ると……
「いらっしゃいませー!」
一斉に聞こえる野太い声。
長いテーブルが1つ置かれていて、椅子が綺麗に一列に並べてある。
水は自分でやるみたいで、冷水機が置かれてあった。
太陽君も輝楽さんも慣れたように、まず容器に水を入れる。
続いて私も入れた。
その後に座らせてもらう。
「伊鳥、何にする?」
「え、えっと……」
「そんなの急に言われても分かんないだろ。伊鳥ちゃん、ゆっくり決めればいいから」
「は、はい」
いろいろなのがある。
醤油ラーメンとか豚骨ラーメンとか塩ラーメンとか。
「太陽君と輝楽さんは決まったですか?」
「うん、決まったよ!っていうか、俺ここ来た時は同じもの頼んでるし!」
「俺もそうだよ」
そっか、なるほど。
なら、早く決めなくちゃ……
メニュー表とにらめっこ。
ここのお店は塩ラーメンが人気みたいだから、塩ラーメンにしよう。
「決めました」
「じゃ、店員呼ぼう」
「俺に任せて!」
太陽君はにっと笑って。
「すみませーん!」
大きな声で店員さんを呼んだ。
すくに男の店員さんが来る。
……それにしても、ここには男の店員さんしかいないのかな?
「ご注文は?」
「俺があごだしラーメンで、輝楽兄は醤油ラーメン!伊鳥は?」
「えっと、私は塩ラーメンをお願いします」
「分かりました。待っててください」
店員さんが厨房へと戻って、私達はおしゃべりをする。
「もう夏休み終わっちゃったなー」
「早いよね」
「俺はまだけど」
そういえば、大学は休みが長いんだよね。
「いいよな、輝楽兄は」
「そこまで変わらないけど。それに、その分次の勉強を進めなくちゃいけないし、だんだん忙しくもなってくるし」
「大学って大変そうですよね」
レポートとか課題もあるだろうし、きっと大変。
「そういえば、伊鳥は課題終わった?」
「もちろん、終わってるよ。太陽君も終わった?」
「俺も終わってる!輝楽兄のスパルタのおかげで!」
スパルタ……?
どういうことだろう……?
「太陽がずっと課題を溜めてやってなかったんだよ。それも、8月の中盤で」
ため息を吐きながら、輝楽さんはそう言った。
あはは、なるほど……
「いや、だって全然やる気しなくてさ。まぁ、輝楽兄がずっとノルマ達成するまで見張っててくれたおかげでなんとか間に合ったけど!」
太陽君は笑ってるけど……
それ結構危なかったよね。
「課題はなるべく早く終わらせた方がいいよ」
「伊鳥、輝楽兄と同じこと言ってるな」
苦笑いしながらそう言われた。
私はそういうのは早く終わらせたいと思うタイプだから、輝楽さんもそうなのかもしれない。
太陽君は違うんだろうね。
「早く終わらせた方が遊ぶこともできるし、いいと思うけど」
「だって、やる気がしないし」
「太陽って言ってることよく分からないよな」
あはは。
でも、やっぱり思う。
私と輝楽さん、そこは似てるんじゃないかなって。
「お待たせしました。塩ラーメンの方は……」
「あ、私です」
慌てて退けて、置いてもらった。
太陽君と輝楽さんの分も後から置かれる。
テレビとかで見たことはあったけど、ラーメンってこんな感じなんだ……
具がたくさん入っていて、油が天井の照明を受けてキラキラ光っている。
美味しそうだけど、そんなにたくさんは食べれなさそう。
一口すすってみた。
……美味しい。
ラーメンを初めて食べてみた感想が自然と出てきた。
ラーメンってこんなに美味しいものだったんだね。
食べ進めていくと、太陽君と輝楽さんはもう食べ終わっていて。
私の方を見ていた。
見られるの、恥ずかしい……
早く食べてしまおう。
さっきよりも少しスピードを速めて食べ進めた。
太陽君と輝楽さんは待ちくたびれたと思うけど、私はようやく完食した。
お代は輝楽さんが払ってくれて、私分を払おうとしたけど、止められてしまった。
「伊鳥ちゃんは払わなくていいから」
「えっ、でも……」
「伊鳥、こういう時は素直に甘えなよ!」
「わ、分かった。輝楽さん、ありがとうございます」
いいのかは分からなかったけど、結局輝楽さんに全て払ってもらった。
申し訳なさはあったけど、きちんとお礼を言った。
「どうだった?生まれて初めて食べたラーメンは!」
「美味しかったよ」
カロリー高そうだから、しょっちゅう食べたら太りそうだけど……
でも、本当に美味しかった。
「おっ、よかった!」
太陽君はにこにこ笑っていて、輝楽さんも微笑んでくれる。
これがもう少しで終わる……そう思うと、嫌だなって思ってしまう。
でも、輝楽さんに最初言われたよね。
5ヶ月経ったら、出ていってもらうって。
少しは仲良くなれたとはいえ、女嫌いに変わりはないんだから……長くいてほしくないよね。
だったら、寂しいのは我慢しないと……
「伊鳥ちゃん、どうかした?」
「あっ、いえ。何でもないです」
無理に笑ってみせた。
輝楽さんは何か言いたげな表情だったけど…
「ならいいけど」
諦めたみたい。
何だったんだろう……?
会話は特になく歩いていると、輝楽さん達のマンションに着いた。
そこに広がっていたのは、いつもと違う風景。
それはとても綺麗な女の人がマンションの前に立っていたから。
立っているだけで絵になって、すごくモテそうな人……