「おまえ、引っ越しの相見積もり取ってたじゃん。家の物もいろいろ片づけてたし」
 彼はナチュラルに私の個人的な情報を口走った。同時に私たちの関係がこの場にいる全員に知られてしまったことになる。
 あちこちで「え、ふたりってそうなの?」と驚きの声があがった。
「定期的に京都に通うことにはなるから、新幹線に乗りやすいところに引っ越すの」
「通うって……あっちで働くんだよな?」
「私の仕事はウェブデザインとシステム関係だし、リモートで働ける。京都に戻るのは必要な時だけになる予定です」
 実のところ、私は先日まで実家に帰るつもりでいた。
 だけど青木さんとお付き合いすることになって、東京を離れがたくなってしまった。だってせっかく一緒にいられることになったのに、遠距離なんて嫌だ。
 そこで私は、母や本家の人たちに「東京にいたいからリモートで勤務する」と宣言した。最初のうちはあれこれ文句を言ってきたけれど、現実的に可能であることや私が東京にい続けるメリットを資料にまとめて説得したら、しぶしぶではあるがOKが出たのだ。
「なんだ……俺はてっきり……」
 最後までは口に出さなかったけれど、離れ離れになると思って悩んでくれていたのだろう。
「だから、これからもよろしくお願いします」
 私がそう言うと、また大きな拍手に包まれた。
 このあと私と彼が散々いろいろな人にからかわれたのは、自明の理である。

 この夜は三次会までやって解散になった。
 終電はとっくになかったので、私と青木さんは同じタクシーに乗り、私の部屋へと向かっている。
「京都には帰らないって、どうして言ってくれなかったんだよ」
 彼が拗ねたように尋ねた。顔は窓の外を向いているが、ちょうどトンネルに入ったので反射で膨れっ面が見えている。
「ごめんね。ずっと本家が渋ってて、ようやく今日了承がもらえたんだ」
 期待させておいてやっぱりダメでした、とはしたくなくて、決定するまでは言えなかった。
 だからまだ引っ越し先も決めていないし、相見積もりは京都に帰る版と都内に残る版のふたつを作ってもらっている。
「じゃあ、昨日までは帰るかもしれなかった?」
「ううん、ダメだって言われてもワガママを押し通すつもりだった」
「……さすがだよ、まったく」