3月下旬。
 いよいよ私の最終出勤日がやってきた。
 出勤日といっても私はすでに業務を行っていないので、会社へ行くのは午後になってからだし、支給されていた機材を返却したり関係各所に挨拶をして回ったりするだけだ。
 終業後はありがたいことに、送別会を開いてくれることになっている。
 どこもかしこも、今日を最後に立ち入ることはなくなるのだと思ったら後ろ髪を引かれた。

「沼田さん。今日まで6年間、本当にお疲れさまでした。沼田さんのSK企画への多大な貢献は図り知れません。大変名残惜しくはありますが、今後はご実家の家業をお手伝いなさるということです。今日は今後のご活躍と家業の発展を心より願い、盛大に送り出しましょう。乾杯!」
 山中部長のありがたい挨拶で、私の送別会はスタートした。
 上座の主役席に座るのは初めてだ。たしかに私が主役ではあるのだが、なかなか照れくさい。
 青木さんは部長や課長たちの席の向こうにいる。
 幹事は広瀬がやってくれているのだけれど、年度末の忙しい時期にどう声をかけて集めたのか、インターネット事業部からだけでなく、他部署や子会社に異動した丸山夫妻や付き合いの長いクライアントの担当者など、総勢2~30人もの人が来てくれた。
「沼田さんのためならって、みんなふたつ返事で参加するって言ってくれましたよ。これが人望か~って感動しちゃいました」
 広瀬の言葉に、危うく泣きそうになってしまった。なんてありがたいのだろう。
 利己的なぶりっ子だった私を、これだけの人が支え育ててくれたのだ。
 この会社に入って本当によかったと、心から思った。

「理沙先輩、大地先輩、今日は私のためにありがとうございます」
 丸山夫妻は端の方の席にふたり並んでいた。妊娠中の理沙先輩に気遣って、窮屈にならない席を用意したようだ。
「ごめんね愛華ちゃん。本当なら私たちの方から行くところなんだけど」
 理沙先輩はすまなそうに笑って、前に会った時より少し大きくなったお腹を撫でる。
 赤ちゃんが順調に育っているようでよかった。