「そういえばそうだったね」
 森川社長の算段では、誤解して拗ねた私を見て、私の気持ちもがまだ彼にあることを確認する予定だったようだ。
 しかし私が明らかにお泊まりをした様子だったため、不安は余計に煽られる結果となった。
「さぁ、詳しく聞かせてもらおうか」
 彼は鼻息荒く迫ってくるが、話しづらい。
 やましくはないのだけれど、あまりにも情けなくて。
「詳しくって、別に、シャトー・ジャルダンに泊まっただけ」
「おまえ、やっぱ御園さんと……」
「違う! ひとりで泊まった!」
 と言うだけでは納得しなかったので、いい歳してあんな素敵なバーで絡み酒をしたうえ、酔いつぶれたことを正直に話した。
 その原因は私との約束を反故にしたこの男なのだと思ったらまた怒りが湧いて、私は陳腐な作戦に乗った彼を叱責したのだった。

 たくさんケンカして、仲直りして、睦み合って。
 すべてのエネルギーを使い果たした頃には、そろそろ終電を気にしなければならない時間帯になっていた。
「ねぇ、たっちゃん」
「ん〜?」
「私たち今日、ケンカとエッチしかしてないね」
 彼の腕枕に甘えながらそう言うと、彼は胸を上下させて笑った。
「本当だな」
「面倒な女でごめんね」
 すぐに怒って泣いて、それを繰り返して……今日の私はみっともないったらなかった。
 会社ではこんなところ、見せたことがなかったのに。
「ナメんな。俺はおまえが泣こうが喚こうが、それを受け止める覚悟くらいは決めてるぞ」
「なにそれ。イケメンみたいなこと言うじゃん」
 不意にキュンとさせられてしまった。調子に乗るから、そうとは言わないけれど。
「“みたいな”は余計だっつーの」
 彼が小突いてきたので、そこからまたじゃれ合いが始まる。終電はもう無理そうだ。

 明日目覚めたら、しじみの味噌汁を作ろう。
 いつかの苦い記憶を、甘い思い出に書き換えるために。
 私は密かにそう決めて、迫ってきた彼の唇を受け入れた。