会計を済ませ、お互いの手を引くように早足でエレベーターホールへ。
 下りのボタンを押すなりすぐに開いた扉の中へ飛び込み、閉まるのを待たずに抱き合い唇を重ねた。
 このホテルのエレベーターは景色を見られるようになっているけれど、今はそれどころじゃない。見慣れた夜景より、熱に浮かされている彼の悩ましい表情の方が見たいに決まっている。
 青木さんの始まりのキスは、いつも性急で容赦がない。
「……ね、ちょっと、待って」
「待たない」
「まだここ、エレベーター……んぅ」
 今までもこんな会話を何度もした気がする。
 これまではただガツガツするタイプなのかなと思っていたのだけれど、彼なりに我慢していた感情を開放させているのだなと、今初めてわかった。
 お互いの吐息にジンリッキーのライムが香る。それに私の香水と仕事終わりの彼のにおいが混じる。
 この狭い箱の中に幸福感と官能的なムードが充満していく。
 チャイムが鳴り、日本語と英語のアナウンスが流れ、目的のフロアに到着したのを察した。
 間もなく扉が開くが、彼は私を放してはくれない。
「Oops!(おっと)」
 どこかの国の男性の声がして、ようやく彼は我に返った。扉の外では声の主――恰幅がよく豊富に髭をたくわえたスーツの紳士が目を見開いている。
 キスしているところ、見られちゃった。
 私は照れくさい気持ちで彼と一緒にエレベーターを降りる。
 紳士はすれ違いざま、素敵な笑顔で言ってくれた。
「Have a lovely night(素敵な夜を過ごしてね)」
 青木さんは自分の唇に付いた私のリップを拭いながら、おどけたように返す。
「Thanks. You do the same(ありがとう。あなたもね)」
 思いの外発音よく英語を話したことに驚いた。6年共に働いてもまだ知らない彼の一面があるようだ。
 目的の部屋まではあと少し。
 私たちはふたたび手を繋ぎ、早足で歩く。