「なによ」
 彼はたぶん、私の話のほとんどを聞いていた。最初の悪口も、感謝も、好きだという気持ちも。
 何年も守ってきた「私からは絶対に告白しない」というポリシーは、不可抗力的に破ってしまったことになる。
 なんだかすごく、負けた気分。
 私は頬を膨らませ唇を突き出し眉を寄せて、拗ねた気持ちを全面に出す。
 彼は膨らんだ私の頬に指を滑らせ、弱点の耳に軽く触れ、髪を撫でる。そしてそれでも拗ねた顔をやめない私を見てクスッと笑った。
「愛華。ずっと一緒にいよう」
 涙腺が決壊した。引っ込んでいた涙が膨らませたままの頬を降りていく。
 こんな風に言ってもらえることを、ずっとずっと待ち望んでいた。
「俺も会いたかったし、寂しかった。おまえのいない会社、クソつまんねーんだ」
 彼の温かい指が涙を拭う。あとからあとから溢れてくるから、まるで意味がない。
「俺も好きだよ。知ってただろ?」
 知っていた。きっとそうだと思っていた。
 私はひっくと喉を鳴らして息を吸い、情けない鼻声で返す。
「でもそうとは言ってくれなかった」
 だから思い違いかもしれないという疑念はずっと晴れなくて、苦しかった。
「そうだな。言わなかった。でもお互いさまだ」
 彼はそう言って私の唇の下に指を滑らせる。愛情表現のようでもあるし、頑なに想いを告げなかったことを責めるようでもある。
 私は頬にとどまる彼の指に自分のそれを絡め、キュッと握った。
「ねぇ、もういいでしょ?」
「ん?」
 何年もこじらせたことへの言い訳や弁解は、あとからいくらでもするし、いくらでも聞く。
 だから、今は。
「早く、ふたりきりになろう?」
 どちらかのグラスの氷が解けて、カランと小気味よい音を立てる。
 シャンデリアと夜景の光を反射する二つのグラスは、宝石のようにキラキラしていた。