「え?」
 司の呼びかけに応じるように、私の背後でなにかが動く。
 うそ。まさか。そんなわけない。
 心臓が壊れたように強い鼓動を始めた。
 私はおそるおそる背後の“なにか”を見上げる。そこには思った通りの人物が立っていた。
 私は驚きのあまり、言葉を発することができない。
「御園さん、ご面倒をかけてすみません」
 青木さんはそう告げ司に頭を下げた。
「いえいえ。幼馴染みのためですから」
「ありがとうございます。あとはこちらでなんとかしますので」
「ええ。どうぞごゆっくり」
 司は胸ポケットからカードを取り出し、青木さんに手渡した。それがこのホテルの客室のカードキーであることを、私は知っている。
 司が立ち上がり、「じゃあな」と笑って去っていく。青木さんはふたたび彼に向かって頭を下げ、見送った。
 もうなにがどうなっているのかわからない。
 私は呆然とふたりの様子を眺めることしかできなかった。
 私がぼんやりしているうちに、青木さんが隣のテーブル席から自分の物を持ってこちらの席へやってきた。
 飲みかけのグラスは丁寧にテーブルに置き、コートとバッグを司のいたところへ雑に放る。彼自信は私の真横に座った。
 彼のドリンクは私と同じジンリッキー。私と同じものをと言ってオーダーしたのだろう。
 いつからいたの?
 どこから聞いていたの?
 どうしてここにいるの?
 司に呼ばれたの?
 聞きたいけれど、驚きの深みにはまったままで正気に戻れない。
 青木さんがここにいる。すぐそばにいる。
 その事実だけで胸がいっぱいだ。
 ねぇ、今度こそ期待してもいい?
「愛華」
 彼の赤い唇が私の名を呼ぶ。
 ベッドの外で下の名を呼ばれたのはこれが初めてだ。