あんなに求め合ったのに恋人という約束をくれなかったことが腹立たしい。
 私という女にはそんな約束をしてやることもないだろうと、軽んじられているみたいで頭に来る。
 いちばん憤りを感じているのは、私をその気にさせておいて森川社長とデートしたことだ。
 あの日彼は私を都合のいい女のように扱った。このことは一生許すつもりはない。
 そのようなことを、たぶん、5分は語り続けた。司はドン引きして呆気にとられている。
「めっちゃ悪口言うやん。ほんまに好きなん?」
「うるさいな。全部吐き出せ言うたんあんたやろ」
 私は青木さんを憧れのような気持ちで好いているわけではない。
 ひとりの人間と正面から向き合っていれば、腹が立つこともあるに決まっている。
 だからといって好きな気持ちが消えるわけでもない。
「ムカついてる気持ちはわかった。次行こう」
「次は……まぁ、感謝かな」
「お、いいね。悪口よりそういうのが聞きたい」
「会社に入ってからの約6年、私を変えてくれたのも支えてくれたのも青木さんだと思ってる」
 私の本性を「そっちの方がいい」と認めてくれた。
 素直に苦しいと言えない私の性格をわかって、うまく甘えさせてくれた。
 彼のおかげで、大変だった仕事も乗り越えられたのだと思う。
 ヤバい。思い出すとちょっと泣きそうになる。
「あとは、“ごめん”もある」
「謝罪ってこと?」
「うん。お世話になったぶん、迷惑もかけてるから。それと、さっき言った悪口全部に対して」
「あはは、そうだな。すげー言ったもんな」
 私が不満に思っていることは全部、私が意地を張らずに自分から告白していれば状況が変わっていたかもしれないことだ。
 自分が行動していないだけなのに彼のせいばかりにして、ごめんなさい。
「他は?」
「他は……やっぱり、“好き”っていうのと……」
「うん」
「“会いたい”っていうのと……“寂しい”っていうのと……」
 急激に目の奥が熱くなり、声が震えた。
 口に出すという行為は、感情を増幅する効果があるらしい。
 止めようとする間もなく涙がひと粒、またひと粒とこぼれていく。
「それと?」
 司が言葉を促すが、涙のせいで口が思うように開かない。
 私はありったけの力を込めて、言葉を振り絞った。
「“ずっとそばにいたい”」
 そこまで聞いた司は、ニッと口角を上げた。
「だそうですよ、青木さん」