「は? なに肉?」
「ツァイガルニク効果。お肉じゃなくて、心理学用語ね」
 私が簡単に用語の意味と自分の心理状況を説明をすると、彼は「なるほど」と両眉を上げ顎に触れた。
「つまり、早いうちに自分の中で完結させられれば、長く引きずることはないってこと?」
「そういうことになるね。理論上は」
 ただ、“自分の中で完結”というのが難しい。心の中は自分でもコントロール不能で、頭の中でいくら完結だと唱えても心がそう理解してくれるとは限らない。
 いや、むしろ頭でそう思えば思うほど心は忘れまいとするだろう。いわゆるカリギュラ効果だ。
「わかった。じゃあ、整理しようぜ」
「整理?」
「そう。おまえの中の気持ちを整理して、なにがどうなれば自分の中で完結できるのか、具体的なアジェンダを作る。で、そのなんとかニク効果を解消するベストパフォーマンスを考えよう」
「……私の心理を経営戦略みたいに考えないで」
 とはいえ、司の提案は理にかなっている。
 失恋からの立ち直りを失敗した事業の立て直しのように考えるのは風情がないけれど、これから私も鑑美屋や鑑美苑の経営に携わる。
 司の思考は勉強になるかもしれない。
「じゃあ、さっそく始めるぞ」
「なにをすればいいの?」
「気持ちの整理。整理するにはまず、どんな気持ちがどれくらいあるか認識しないといけない。だから全部吐き出そう」
「……今ここで?」
「もちろん」
 夜と表現できる時間帯になって、バーは国内外のお客さんで賑わっている。
 誰が聞いているわけでもないし、まあいいか。
 私は胸いっぱいにこびりついた気持ちを吐き出すために、一度深く息を吸い込んだ。
「まずは、“腹が立つ”かな」
「え、最初がそれなの?」
「だってムカつくじゃん。青木さんがしてることって、捉え方次第ではヤリ逃げだよ?」
「……まぁ、そうだな」
 女遊びを趣味にしている司は苦笑いを浮かべる。