その2時間後。
 私は数日前に買ったばかりの服を着て、シャトー・ジャルダンのスカイバーにいた。
 訳知り顔で迎えてくれたスタッフに角のソファー席へ通され、ひとり夜景を楽しみながら飲んでいると、しばらくして呆れた顔の司がやって来た。
「俺は暇じゃないんだけど?」
 ネクタイを緩め、どかりと向かいの席に座る。
 彼がウェイターに注文したのはサラトガ・クーラー。つまりノンアルコールのカクテルだった。
「構ってもらってすみませんね。会社辞めて暇だったの」
 厳密には有給消化中でもう1日だけ出勤するけれど、細かいことはどうでもいい。
「あれ? 愛華、ネイル変えた? いいじゃん。似合ってる」
「あんたって、ほんとそういうの上手よね」
 司のサラトガ・クーラーが届いた。グラスをぶつけるだけの乾杯をして、ひと口。
 私が飲んでいるのはジンリッキー。先日のように酔いつぶれたくはないので、アルコールは控えめに作ってもらった。
「で? 今日はどうした? ようやく俺と結婚する気になった?」
「いや、ただ家にいるのが嫌になって出てきただけ」
「ははっ、ひとり暮らしなのに家出かよ」
 司に釣られて私も笑った。
 はたから見れば私の行動は滑稽だろうなと、自分でも思う。別に誰になにをされたわけでもなく、自分の感情に振り回されて踊っている。
「人って暇になると余計なことしか考えなくなるんだね」
「余計なことって、どうせ青木さんだろ?」
 図星を突かれた私は言い返せずに唇をへの字に曲げて彼を睨む。
 どうせ、なんて言わないで。たとえ滑稽だとしても、私なりに一生懸命なのだ。
「その様子じゃあ状況変わらずってところだな。まぁ、愚痴くらい聞いてやるよ」
 この古い友人の存在がありがたい。彼は最初からそのつもりでこの席を取っておいてくれたのだろう。
 このソファー席は角にあり、私が座っているところは他のほとんどの席に背を向ける形になる。もし私が泣いたりしても、他のお客さんに見られることはない。
「ねぇ、ツァイガルニク効果って知ってる?」