あのシーンが良かっただとか、最後のアレには騙されたとか。
確かに私もあの本を読んだ時は騙されたって思った。


「まさか主人公が存在しないなんて」

「驚きですよね。本当、樹 春子の作品はどれも面白くて」

「僕ももうすっかり樹 春子のファンです」

「映画も見ました?」


樹 春子とは近年有名なミステリー作家で、出す本は飛ぶように売れるしよく映画化もされている。

王道だけど面白い作品だからオススメせずにはいられなかった。


「もちろん。映像となるとまた味わい深かったよ」


見えなかったものが見えた気がした、と彼は続けた。


「釘宮さんのオススメするものは当たりばかりで面白いです」

「そうですか。それはよかったです」


これでも書店の店員で、お母さんには本の虫だと言われてしまう人間。
他人に勧める時、微妙なものは紹介したくない。


それでも、私が面白いと思ってももしかしたらその人にとってはつまらないものかもしれないという不安は少なからずある。


それも相性だ。

兎に角、人とは難しい生き物である。