「じゃあ、読んだらまた感想聞かせてください」

「あぁ、話しに来ます。きっとまたすぐに来るかもしれないけど」

「本を好きになってくれるのは嬉しいですけど、程々にした方がいいですよ」

「はは、善処しますね」


また、くしゃりと笑って官能小説を手にレジへ向かおうとした黒崎さんは足を止め、こちらを振り返った。


「でも、本を好きになったのは釘宮さんのおかげですよ」

「……っ」


一瞬、時間が止まった気がした。

今までで、飛び切りの笑顔だったかもしれない。
見たことがないくらい温かくて柔らかい笑みだった。

今までうんともすんとも言わなかったはずの心臓が、この時ばかりは一瞬跳ね上がったのだった。


「…これは、何だろう」


それは、人生で初めての体験だった。