LOVE and DAYS…瞬きのように


「はい。……お~っ、どうした?」
 

健吾は電話に出ると、何やら明るい声で話し始める。


あたしはもぞもぞと起き上がり、乱れた髪や服を直した。
 

まだおさまらないドキドキ。

健吾の唇が触れた場所が、燃えそうなほど熱い。


あのとき電話が鳴らなければ、今頃……

そう思うと、さっきまでの自分の勇気が、今さら信じられなかった。
 

首筋に手をあてて、ぼうっとしていると

電話を切った健吾がこちらを振り返った。


「莉子、喜べ。
今から客が来るぞ」


「……へ?」

 





15分後。

部屋にやって来たその人に、あたしは子どものように飛びついた。



「アキ! アキ~っ!!」

「でかい声出すなよ。頭、痛ぇ」
 

あたしに抱きつかれたアキは、相変わらずの無表情で、しかも冷たいセリフ。

だけどそれは表面上だけだとわかっているから、ちっとも気にならないんだ。


「こら、お前はアキになつきすぎ」
 

健吾があたしの襟を後ろから掴んで、グイッと引き戻す。


「だって久しぶりで嬉しいんだもん」
 

あたしは唇をとがらせて健吾をにらんだ。

15分前の出来事が嘘みたいに、いつも通りのあたしたちだった。
 

そんなふたりを見て、涼しい笑みを浮かべるアキ。
 

ああ……やっぱりカッコいいなあ。

もちろん健吾が一番だけど、アキも素敵すぎて見とれちゃう。


それに、こうしてわざわざ会いにきてくれるところ、アキらしくて嬉しくなるんだ。

やっぱりあたし、アキが大好きだ。



ニコニコしながら上機嫌でアキを見ていると、健吾が


「見とれてんじゃねぇよ」

とあたしの頭を小突いた。


「妬いてんじゃねぇよ」
 
すかさずアキがつっこみ、あたしはケラケラ笑った。


なんだかこうしていると、あの町にいた頃みたい。


「で、サヨさんとは、うまくやってんの?」
 

アキが床に腰を下ろしながら、あたしに尋ねた。


「うん! すっごくいい人だよね、サヨさんって。実はバイトも紹介してもらったんだ」

「コンビニ?」

「うん」

「あんたがレジ打ってるとこ、想像つかねーなぁ」
 

アキの言葉に、健吾まで大きくうなずいて同意するもんだから

あたしはムッとして答えた。


「失礼なこと言わないでよ~。
こう見えてもけっこうあたし、おじさんのお客さんにウケがいいんだからね」


「は!? お前、オヤジにナンパされてんのか!?」
 

いきなり過剰反応して怒鳴る健吾に、ビックリした。





「ち、違うよ! そういう意味じゃなくて、
夕方になるとおじさんのお客さんが多いの。
単身赴任でひとり暮らしの人とか。

その人たちから見れば、あたしは娘くらいの年齢だから、親しみやすいみたいで……」


「お前はそう思ってても、あっちは下心あるかもしれねぇだろ」


「そんなわけないじゃん!」
 

言い合いを始めるあたしたちの横で、アキはあきれたように笑った。



「何だかんだでお前らが一番、仲よくやってんだな」

 

アキのその言葉で、あたしたちは急に恥ずかしくなって口論をやめた。



「ん……ああ、まあな」

と、ぶっきらぼうに答える健吾。

 


最近、健吾はちょっと心配症なんだ。


たぶん前のバイトで、あたしが危ない目に合ったせいだと思う。



でも今のコンビニは、本当に安心して働けるんだけどなあ。


おじさんのお客さんたちと仲良くするのも、本当に変な意味じゃないの。


ただ……ただね。

幼いころに別れたあたしのお父さんも、きっとひとり暮らしだから。


今頃どこかのコンビニでお弁当を買っているのかな、とか想像しちゃうだけで……。
 



あたしが考え込んでいる間に、健吾とアキはいつのまにか他の話題に移っていた。


それはバイクとか車の話で、あたしにはちっともわからない内容だった。
 


会話に入れず退屈になってきたので、ゴロンと床に寝転がった。


あぐらをかく健吾の近くで、猫のように丸くなるあたし。
 

目をつむってふたりの話し声を聞いていると、少しずつ眠りに誘われていった。









「……なんか喉かわいたな」


眠っているのか起きているのかわからない、あやふやな意識の中。

あたしはかすかに健吾の声を聞いた。


そばで人が立ち上がる気配があり、すぐに玄関のドアが閉まる音がした。
 


健吾
飲み物買いに行ったのかな……。
 

あたしはまだ目を閉じたまま、寝息をたてている。

けれど意識はもうほとんど覚醒し、外の雨がやけに大きく聞こえた。
 

部屋の中には、パラパラと雑誌をめくる音がしていた。

たぶんアキだ。


こんな状態でふたりきりになるなんて、ちょっと気まずい。

だけど起きるタイミングがつかめず、あたしは眠ったふりを続けた。
 


そのとき、雑誌をテーブルに置く音が聞こえた。
 


不自然な静寂が訪れる。


部屋の中がなぜか、緊迫するのを感じ

あたしは目を開けようとした。
 


だけど、できなかった。
 


……アキの手が

あたしの髪を
そっと撫でたから。




ゆっくり
ゆっくり……

髪の流れにそって動く手のひら。


触れるか触れないかくらいの

躊躇をふくんだ力加減で。
 

あたしは息を殺し、起きているのがバレないようにするだけで精いっぱいだった。
 


カチャ、と玄関から音が聞こえた。


その瞬間、アキの手がさっと離れた。



「最悪だ。雨、強くなってやがる」
 

健吾の声が、部屋の空気を瞬時にもとに戻す。


「傘ささなかったのかよ」

 
アキの声も普段通りだった。


「すぐそこなのに面倒くせぇだろ」
 

健吾は部屋に入ってくると、あたしのそばにドカッと腰をおろす。


そして、

「こいつ、まだ寝てんのか」

と小さく笑い、あたしに布団をかけてくれた。




再び他愛もない話を始めるふたり。


あたしは布団の中で、自分の胸に手を当てて、ドキドキを落ち着かせようとする。
 


さっきのは何だったの? 

アキ、どうして急にあんなこと……。


別にたいした意味はないよね? 

きっとあたしのことを子ども扱いして、やっただけだよね……?
 



一時間ほどモヤモヤと考えていると、健吾に肩を揺すられた。


「莉子。アキが帰るって」


「……んー」
 

寝起きのふりをして、だるそうに目を開けるあたし。
 

よかった、やっと起きられるんだ。

そう思いながら体を起こすと、ふいにアキと視線がぶつかった。
 

跳ねる心臓。


だけどアキはいつもと変わらない様子で、あたしを見てプッと笑う。


「髪、爆発してるし」

「えっ?」
 

あわてて両手で寝グセを直した。


……変だ、あたし。

何をこんなに意識してるんだろう。


玄関でアキを見送る健吾の隣に、あたしはできるだけ普通の顔をして並んだ。



「今日はありがとうな。気をつけて帰れよ」

「ああ。お前もあんまり無理すんじゃねーぞ」
 

アキは健吾にそう言うと、ふと顔をあたしに向けた。


「そういや中川が、あんたのことすげー心配してたよ」

「真由ちゃんが?」

「たまには電話してやれば?」

「うん……」
 

決して真由ちゃんのことを忘れていたわけじゃないんだ。

けれど彼女を巻きこむのが嫌で、ずっと連絡していなかった。


「わかった。今夜、かけてみるね。ありがとう」
 

そう言ってあたしがうなずくと、アキは少しだけ微笑んで、玄関を出て行った。
 


……いつも通りの態度。


やっぱりさっきのあれには、特別な意味なんかなかったんだよね?