健吾は答えず、財布からお札を出してテーブルに置くと、玄関の方に歩きだす。


「荷物まとめたらタクシー拾ってひとりで帰れ。玄関の鍵は開けたままでいい」
 


呆然自失とは、まさにこのことだった。

突きつけられた言葉も、冷めた声も、去っていく背中も。

わかっているのに理解できない。
 


ドアノブを回す音が聞こえたとき、あたしの頭の一部がやっと反応した。


今ここで離れたら、あたしたちは終わってしまう。

嫌だ、別れたくない……! 

そんな思いがこみ上げ、あたしは走った。



「健吾、待って!」
 

呼び止める声を無視してドアが閉まる。
 

行かないで、行かないで! 

頭の中はその言葉だけで埋めつくされ
靴を履こうとしても焦りすぎてうまく履けなかった。


かかとを踏んだ状態のまま、あたしは玄関を飛び出した。
 

健吾の姿はもうなかった。


必死で追いつこうと階段をかけ下りると、あと3段ほどのところで足を滑らせ、背中を思いきり打ちつけた。


激しい咳が出た。

靴も脱げた。

それでもあたしは立ち上がり、健吾を追いかけた。

 

マンションの前に、健吾はいた。


バイクにまたがり、片手だけをハンドルに置いて、こちらを見ていた。