「其処に座れ。動くな。余計な事をするな。」
狐の耳がついてる顔の整った人は、これから私と婚約するらしい。
…突然の展開に理解が追い付かない。
取り敢えず指を指されたこの座布団の上に座り、まわりを見渡した。
全体的に「和」と言うのが合っている。
床は畳だし、窓は障子だし……。
「おい。見渡すなと申しただろうが。」
「さーせん!!」
ぎろり、とでも擬音の付く様に睨まれ、怖いとしか言い様がない。
…何故こんなに無愛想なのか。
100年ごとに贄が送られて来た、と言う事は私以外にも此処に来たと言う事だろう。
この狐はその度に贄と婚約していた……?
…まぁ、それだけ婚約していれば女に興味が湧かなくなりそうだ。
…特に、私の様なつんつるてんには。
「……それでは、此方でその準備を致しますので…、」
奥の部屋では、兎の人と…狸の様な人が何かを話し合っている。
式場の予約か何かの話をしている様だ。
……ウエディングドレスとか着ちゃうって事?!
そう色々思考を巡らせていると、自分でも気付かない内に表情に現れて居た様だ。
「…貴様は何故百面相している?まぁ、見てて飽きないが。」
「えっ?そんなに顔に出てました?!……いや、ぴえんっすわ~…、」
誉められているのか遠回しに貶しているのかはわからないが、適当に返事を返す。
「……ぴえん、とは何だ?貴様は奇怪な言葉を話すな。」
白い麿眉を潜め、着物の様な袖を口元へ運ぶと顔を隠す様に。
そうか、ぴえんはわからないか…。
「えっ?ぴえんって知らないんですか?」
「知る物か。何だぴえんとは。…教えろ。」
ぴえんって…、確か悲しい事があった時に使う言葉だよね……。
「…ふむ…。貴様の時代にはまだ新しい言葉が在るのか?」
興味深い、と頷くと、微笑を浮かべながら此方に目線を運んだ。
…笑うと余計に顔の良さが……っ!!
…………
「あとは~…」
その他にも、草、とか、ぴえん越えてぱおん、等を話した。
「……ふ、其の様な言葉が在るとはな。世の中面黒い。」
ふわりと微笑を溢すと、お屋敷さんが持ってきてくれたお茶を口に運んだ。
「……面白い、じゃないんですか?」
面黒い…、?おもくろいとは、と狐の人に聞くと、今度は相手が目をぱちくりさせた。
「貴様が言う面白い、と言う物と同じだと思うが…。」
相手からすればそれも不思議なのだそうだ。
「…貴様は我の事を恐ろしいと思わないのか?」
狐の人は目を細め、私を見つめて来た。
恐ろしい…、出会った最初は怖い、とは思ったが…。
「あ~…、森で会った時は怖いって思いましたけど…。今は怖くないですよ。普通に優しい人ですし。」
私もお茶を飲もうと口元へ運ぶと、驚いて軽く吹き出してしまった。
…こんなに熱いとか聞いてないっ!!
私は猫舌で、熱い物は殆ど飲み食い出来ない。
みっともない姿を見せてしまった、と焦って相手を見ると、予想していた物と違っていた。
「…くく、ははっ、貴様、何故其の様に表情が豊かなのだ…っ、可笑しい…っ!」
今迄に見たことの無い様な笑顔で肩を震わせて笑っている。
「いやっ、そんなに笑わないで下さいよ!これくらいすぐに飲めますし…っ!……あっつ!!」
……どれだけ自分が子供なのだろうか。
自分で勝手に落ち込んでいると、狐の人がケラケラ笑いながらも言葉を吐いた。
「……くっ、此の様な時に【ぴえん】を使うのだろう…っ?……はぁ、貴様は面白い……っ!」
…流石。読み込みが早いじゃないか。
げらげら笑う狐の人を、口を尖らせて眺めていると、障子の奥から声が聞こえた。
「…主人様が笑っている…。」
「…今回の贄は、十五の幼子の様ですね。」
「…凄い。私、主人様の笑った顔見たの初めてかも。」
……使用人でもこの人の笑顔を見た事が無いとは。
「…ふぅ、我とした事が笑い過ぎて仕舞った。すまないな。」
涙目になるまで笑った様だ。
目元を軽く袖で拭き、笑顔をこちらに向けた。
「…笑った方がかっこいいですよ。笑って式場行きましょ!」
その方が自分も色々考えずに式を終わらす事が出来る様な気がするし。
「……あ、あぁ…。うん。為るべく笑う様にはするさ。」
そう一言放つと、また最初の様に無愛想な顔に戻ってしまった。
「主人様、準備が整いましたので……。」
「……行くぞ。」
……笑った方が良いって言ったのに。