「あれと…あっ、スマホは使えないかなぁ、あとは~…」
部屋の荷物を少しだけまとめて、いつでも家を出る事が出来る様に準備をした。
まぁ、どうなるかはわからないけど…。
「……愛、入るわよ…。」
ドア越しにお母さんが躊躇しながら声を掛ける。
声のトーンからして、随分お母さんは衰弱しているようだ。
「どーぞーっ!」
なるべく明るく。
お母さんやお父さんと会えるのもあと数時間。その事に実感が湧かず、あまり悲しいなんて感情も薄くなってきたかもしれない。
「…12時、神社に集まれ…だそうよ。あと一時間しか愛と居れないなんて……。」
お母さんは膝から崩れ落ちて、声をあげて泣いていた。
…お母さんが泣いている所を見るのは初めてかもしれない。
あと一時間。
「お母さん、泣かないで。」
それ以外に言葉が見つからなくて、ただただそう言って背中を擦ってあげる事しか出来なかった。
お母さんは私を送る準備等をするため、車の鍵を取ってくる、と下に降りて行った。
スマホの電源を入れてアプリをタップし、グループチャットの画面を開いた。
ゆぅなとひぃちゃんと私の三人グループで会話が出来る部屋だ。
二人からはメッセージが送られて来ていたが、今は見たくなくてメッセージは読まなかった。
「…愛、入るぞ?」
お父さんだ。お父さんとちゃんと話すのは久し振りかもしれない。
お父さんとは、中学生になってからはあまり会話せず、なるべく関わらない様にしていた面もあったからだ。
「…何?」
今話せばきっと情が湧く。
だから素っ気なく返事を返した。
「……あ、あぁ、その…。服も決まってるみたいだ、この服を着てから神社に来るように……って。」
お父さんの手元には真っ白の浴衣の様な服が。
これを着て儀式もどきを行うという訳か。
「あっ、てんきゅーてんきゅー」
そのまま何も言わず、お父さんは部屋を去って行った。その時、お父さんの目には涙が浮かんでいた。
「……そろそろ12時かぁ…。」
あと10分程たてば12時だ。家から神社までは3分くらいで行けるので、余裕こく事が出来たのだ。
「愛、行きましょうか。」
お母さんは何かを我慢したような、何かを決心したような表情だった。
神社には贄の両親、兄弟等、関係する者は参加出来る事になっている。
お父さんは来ないらしい。
「…愛。」
玄関で用意された靴を履いていると、お父さんは涙ぐんだ声を発した。
「……お父さんの事を…忘れるなよ……。」
「……のっ、呪いの言葉かよ!」
駄目だ、明るく言おうと思ったのに。
元気に言おうと発した言葉は、震えて上擦ってしまった。
「…そうだ。」
微笑するお父さんを見ると、改めて涙が浮いて来てしまう。
泣くな。
「はは、ごめんね。そろそろ時間だ」
早く会話を終わらせたい。
「いってきまぁ~す!」
両腕を振り、いつも通り学校に行くみたいに。
「…いってらっしゃい。」
涙目のお父さんは、昔見た微笑みで見送ってくれた。
…この車の走っている時の振動が心地良い。
先程見かけたメッセージが気になってしまい、何気無くアプリを開いていた。
「……!」
そこには二人からのメッセージ。
ゆぅな【また会ってアニメの話しような!忘れんじゃねーぞ!】
ひぃちゃん【イケメンいたら私に教えてね(笑)またね!!】
……この二人は、何処まで私を泣かせれば気が済むのだろう。
そのメッセージを既読にすると、私は何もメッセージを送る事はしなかった。