「おはよ~っ!」
家の前で待ってくれていたワタルに挨拶をする。最近は寒さが目立ってきた為、私がプレゼントした手編みマフラーをつけてくれていた。
ワタルは私の彼氏だ。
「……はよ。」
恥ずかしいのだろうか?鼻まで真っ赤にしながら目線を逸らすワタルを見て、何だか口角が上がってきた。
「……でさぁ~っ!」
「……。」
……私が話すといつも相槌を打ってくれる。
今日は喋る事すらしない。
何故かは分かる。
彼女が生け贄に選ばれたとなれば普通は落ち着いていられない筈だ。
「……でねぇ」
「あのさぁ。」
何か意を決したかの様に、まっすぐ私の顔を見て声を掛けて来た。
私が首を傾げていると、
「…何でそんなに平気でいられるんだよ。…お前、殺されるかもしれないんだぞっ……?」
…殺されると決まっている訳でも無いし、もしかしたら戻ってこれるかもしれない。
そう言おうと顔をあげると、ワタルは泣いていた。
驚愕した。今まで付き合って来て、ワタルが泣いている所なんて見た事無かったから。
「なっ、泣かないで?!ほらほら、私は平気だからさ!」
私特有の変顔で笑わせようとする。
だが、更に泣かれてしまった。
「ワタル……」
「ごめん、俺が変わる事が出来れば……っ!」
そう思って貰えるだけで嬉しいが、虚しく、現状は何も変えられない。
その後、何だか話す話題も無くなって二人共、無言で学校まで歩いた。
……
「ゆぅなっ!ひぃちゃんっ!おっはよぉ~!」
いつもより声を高めに、大きめに出しながら二人に抱き着く。
「……おはよう、」
「…はよー……」
二人の顔を見ると、どちらも目のまわりが赤くなっていた。
恐らく、昨日の夜泣いていたのだろう。
「もー、テンション低いなぁ。あ、てかさ、1時限目なんの教科だっけ?」
「…国語だよ……っ、」
ひぃちゃんは他にも何か言いたそうだ。笑顔もひきつってるし、目線を合わせてくれない。でも、戸惑いながらでも答えてくれた。
「国語かぁ、ヤバい持ってきてないわ」
額をぺちっ、と叩いて舌を出し、少しふざける。せめて最後の日くらいは笑って過ごしたい。
「……もー、私が貸してあげるよ。教科書」
「愛はいっつも何かしら忘れるよね。」
私に合わせてくれたのか、または私と同じ気持ちで笑って過ごしたいのか。
二人は空元気で答えてくれた。
どうか、この時間が終わりません様に。
そんな願いは届く事は無く、時間は過ぎていく。
放課後になり、私達は近くに出来た新しいカフェテリアに行って、課題や復習をしていた。
…家に帰ったら、荷物をまとめなきゃ。
「……愛?聞いてる?」
ひぃちゃんが肩を叩いて我に帰る。
「あっ、ごめんごめん聞いて無かったわ」
「いや聞いとけ??重要やぞ??」
ゆぅなが茶化す様に肘でつついてくる。
「ほら、明後日の小テスト、愛の苦手な所でるでしょ。だから……あっ…」
ひぃちゃんは持っていたシャーペンを握り締め、しまった、と表情を強ばらせた。
「残念でしたぁ、私、小テスト受けなくても良いんで」
顎を伸ばして変顔をして見せる。こんな事をしても二人が安心するとは思えない。でも、私自身、こうしていないと別れる前に泣いてしまう。
「……ふふっ、そっか、…」
ひぃちゃんは静かに笑うと、ごめん。と呟いた。
……
暫くそこでシャーペンを走らせていると、此処の店員さんがこちらに寄ってきた。
「失礼します、お客様。未成年の方の入室時間に近付いておりますので、申し訳ありませんが…」
「あっ、すみません!」
あっという間だった。
いつも暖かくて、鼻歌を歌いたくなる帰り道は、何故か寒くて、歌なんて歌いたくなかった。
「……愛、嫌じゃないの?…怖くないの……っ?」
ひぃちゃんは、歩きながら地面を見つめて、こちらを見ずにそう言った。
「怖くないよ。」
嘘だ。
怖いよ。
寂しいよ。
「……そう。」
ゆぅなはそれ以上何も言わなかった。
「あっ、私の家着いちゃったからここでバイバイだね~!じゃねっ!」
なるべく明るく、いつもみたいに手を振って。
二人が何か言いたそうだ。
二人が手を伸ばして私を掴もうとしてくる。
私はその前に玄関のドアを閉めた。
……鍵も。