「おいしそう!」
暗い気持ちになったり、不思議な感覚を覚えたり、少し疲れていたからおいしいものを食べれるのはとても嬉しかった。スプーンですくい、早速食べる。
「おいしいです!」
私が笑うと、伯父さんは「よかった。おかわりあるからね」と微笑む。
リゾットを食べている私を、テーブルの下でミックが見つめている。刹那、テーブルに足をかけて机の上を覗いた。
「わあっ!」
驚く私に伯父さんは「おいしそうだからほしいんだよ。でも、リゾットに入っている玉ねぎは犬は食べてはいけないものだから絶対にあげないでね」と言う。犬は食べてはいけないものまであったんだ。友達は「昨日、パン食べたんだよ」とか言ってたけど。
ご飯を食べ終わり、皿洗いなどを済ませた後、私は伯父さんにソファに座るように促される。ソファに座ってしばらくすると、伯父さんは一冊のアルバムを手に、私の向かい側に座った。
「これは……?」
「ミックを保護した保健所の写真だよ」
悲しげな目で伯父さんは言う。私はアルバムを受け取り、そっとページをめくった。刹那、目を背けたくなる光景に体が震えてしまう。
檻の中に入れられた犬たちは、みんな怯えた目をしていた。いつ自分が殺されてしまうのか、恐怖と不安を隠すことなくカメラのレンズを見つめている。見たことのない恐怖の表情に、私は隣に座っているミックを見つめた。ミックもこんな場所にいたんだ。
何枚も、何十枚も、死に対して怯える犬たちの表情が映し出されている。そして最後の方には犬たちが殺処分されるガス室が映されていた。
「これ……」
写真を見た刹那、私の胸がさらに締め付けられる。息が上手に吸えない。痛くて、とても苦しい。
ガス室の壁には、苦しみからか爪痕が多くついていた。写真を見ているだけなのに、ここで殺された罪のない犬たちの悲痛の叫びが聞こえてきた気がして、涙がこぼれ落ちていく。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
誰に対してかわからない謝罪を繰り返す。どうして、命をこう簡単に捨てられるんだろう。この子たちは何も悪くないのに。幸せになるために、家族になるために生まれてきたのに……。
「何も知らなくて、ごめんなさい……」
ペットショップの子犬たちしか見ていなかったから、友達の話しか聞かなかったから、何も犬のことを勉強しなかったから、こんなに残酷な事実を知らなかった。悲しくて、悔しくて、涙が止めどなくあふれていく。
「キュ〜ン……」
隣から悲しげな声がして、私の頬を伝う涙がペロリと舐められる。ミックを見れば、ミックは私の膝に頭を乗せ、心配げに私を見上げていた。それが嬉しくて、温かくて、私は「ミック……!」と言いながら抱き締める。
「犬は人の気持ちを敏感に感じ取る生き物だよ。とても頭がいい。言葉を交わすことはできなくても、ちゃんと人の言葉を理解している」
だから、しのぶちゃんのことを今心配してるんだ。
伯父さんの言葉に、私は涙を何度も拭い、「ごめんね」と繰り返した。
夕方、お父さんが迎えに来てくれた。私は朝来た時とは違い、真剣な目でお父さんの前に立つ。
「勉強できた?」
お父さんの問いに私はコクリと頷いた。その隣にはミックがいる。
「お父さん、私、ミックを家族として迎えたい。飼い主として勉強不足なのはわかってる。ミックと一緒に勉強して、成長していきたいの。そして……不幸な犬をゼロにしたい」
この子は、うちに家族として来てくれる。犬を飼う時はそんな感覚がするのだと伯父さんから教えてもらった。ミックに感じたこの気持ちは、間違いなくそれだ。
「……お前がきちんと責任を持って幸せにするんだぞ」
お父さんの言葉に私は嬉しさを感じる。そして、隣で尻尾を振るミックを抱き締めた。
「これで、ミックはしのぶちゃんたちの家族だよ。死ぬまでしのぶちゃんのパートナーだからね」
だから、これを約束してほしい。伯父さんから私はミックと暮らしていく上での約束事を教えてくれた。
一、私の生涯はだいたい十年から十五年です。あなたと別れるのは何より辛いのです。私と暮らし始める前に、どうか別れのことを考えてください。
二、あなたが私に望むことを理解するには、少し時間がかかります。
三、私にとって一番大切なことは、あなたから信頼してもらえることです。
四、私のことを長い間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないでください。あなたには仕事や楽しみがあり、友達だっているでしょう。でも、私にとってはあなたが全てなのです。
五、私にちゃんと話しかけてください。あなたの話している言葉の意味はわからなくても、話しかけてくれるあなたの声はよくわかるのです。
六、あなたが私にどんな風にしてくれたか、それを私は絶対に忘れません。
七、私を叩いたりする前に、私はあなたを噛んだりしていないことを思い出してください。私の歯はあなたの手の骨を簡単に砕くことができるのに。
八、私が言うことを聞かないと怒る前に、何か原因があるのではないかと考えてみてください。
九、私が歳を取ったら、どうか優しくお世話をしてください。あなただって、年老いたら同じようにそうなるのですから。
十、私が旅立つ時を安らかに迎えられるように、どうか最期まで一緒にいてください。「かわいそうだから見ていられない」なんて言わないで。私を独りぼっちで逝かせたりしないでほしいのです。だって、私はあなたが大好きなんですから。
その十の約束は、ミックとする最初で最後の約束。ミックが天国へ行くまで、その約束が変わることはない。
私の心が震え、また目に涙が浮かぶ。そして隣にいるミックを抱き締める。家族になったミックに初めてかける言葉は決まっている。
「大好きだよ、ミック。これからよろしくね」
それから十年、私はミックの名前を呼んで一緒にいることができた。お別れの時は辛かったけど、ミックのおかげで大切なことを学べた。だから私は今、保護犬を救うことを仕事にしている。
「ミック……」
私はミックの写真を見て、優しく微笑む。しばらくすると、瞳から涙があふれて頰に流れていく。
「ずっと大好きだよ」
全ての犬が幸せになるのが当たり前になりますように……。
初めましての方、初めまして!お久しぶりの方、こんにちは!浅葱美空です。
今回のボカロシリーズは、「わたしはミック」という曲をイメージしました。犬目線の歌となっていて、飼い主に身勝手な理由で捨てられてしまうという悲しい歌です。
私も調べてみるまでは、保護犬のことや殺処分のことは何も知りませんでした。そのため、初めて事実を知った時はしのぶのようにショックを受け、涙が止まりませんでした。
ペット先進国と呼ばれる国では、犬のしつけ教室などもしっかりしていて、犬を家族として相棒として大切にしているのが調べてみるよくわかります。羨ましいです。
今飼っている愛犬との時間を大切にし、生きていきたいです。そして、いつかは保護犬を家族として迎え入れたいと思っています。
読んでいただき、ありがとうございました。また次の作品でお会いしましょう。