湊先輩は、青ざめた顔でコーヒーを一口飲んだ

その顔が面白くて笑っていたら、

「羽華ー、来ちゃった」

「え、わっ!?」

ポンッと頭に置かれた大きな手

同時に、少しだけ絵の具の香りが私を包んだ

「樹先輩!いらっしゃいませ!」

「うん、羽華のメイド姿を見たかったのもあるんだけど……」

そこで少し、湊先輩に視線を送った樹先輩

湊先輩は、たいして気にも止めない様子で裕先輩とお話ししている

「羽華、美術部の展示コーナーの準備サボったっしょ?」

「うぐっ!」

合同授業の後、急ピッチでコンクールに出すための絵を完成させて、ヘトヘトになっちゃって、今年の学校祭は美術部も展示部門に参加するの忘れてた!!

「あ、の!サボったわけではないんです!えーと、あー、すみません、今から少し顔出します」

「あはっ、じょーだん!皆の過去の作品と、今度のコンクールに出すための絵を飾っただけだから、準備っていう準備じゃなかったから、あ!羽華のも飾っておいたよ!」

「ありがとうございます!でも、先輩…いや、おかしいと思いましたよ、ほぼ無活動の私達に学校祭の出番があるわけですよ」

「来年の部長は、羽華かなー?」

「ええ!来年こそ廃部ですよっ!」

久しぶりの樹先輩との会話に盛り上がっていたら、くいっと、スカートの裾を引かれた

私が振り向いた先に、樹先輩も視線を送った

「あれー?九条、どした?お前今日はホストだろ?」

「…うるさ」

あ、あれ?二人ってこんなに仲悪かったっけ?

樹先輩は、笑顔だけど、湊先輩に至ってはみるみる不機嫌になるのがわかる

裕先輩は、そんな二人をニコニコと見つめてる

ああ、学校のスリートップが目の前に…

……眼福、癒し、楽園

「羽華、寒い」

「え!?それは大変っ、何か毛布持ってきますね!」

目の前に広がっていた、顔面偏差値高めのこの光景に名残惜しさを覚えつつ、毛布を取りに行こうと、一度離れようと先輩方に背を向けた

「なに、どこ行く?」

「毛布取りに行こうと…」

「何言ってるの?……ん、おいで?」

少し椅子を後ろにひいて、机との間に距離が空いた

そこには、人が一人座れるだけ空いた、先輩の長い足が広げられていて、、


え、まさか

「む、無理ですよ!何考えてるんですか!あなた、女嫌いキャラ忘れてるでしょう!」

「嫌なの?」

「えっ!?そ、そんなわけ…むしろ頭の毛ひんむいてでも飛び込みたいですよ」

「…例えがきっしょい」

全身から、汗が吹き出している気がする…

こんな状態で、湊先輩の……全国民が座りたいであろう場所に座るわけにはっっ!

「…ほら来てよ」

「ひぎゃあっっ!?」

少しずつ後ろに下がっていた私の手を先輩は引いて、あっという間に先輩の特等席に収まった

先輩の透き通る様な香水の香りに包まれてクラクラする

足の間に挟まれて、腰には腕を回された

「羽華、なんかプルプルしてる」

「……」

「うーか?無視?」

耳元で囁かれて、全身が痙攣した気がする

全身の毛穴から汗が吹き出てる気がする…

く、臭くないかな?息とか体臭とか

先輩は体臭が妖精みたいなもんだからな!?

気にしたことないんだろうけど…

「如月、俺らなに見せつけられてんの?」

「あー、ムッツリにも春が来たってだけよ?」

「え!?」

目の前にはニコニコと肘をついてこちらを眺めている裕先輩と、その隣に立って若干怒り顔の樹先輩

「そっか、へえ…」

樹先輩は、それまでムッとしていた顔を柔らかくして、真っ赤になって震えている私に微笑んだ

「羽華」

私の隣まで歩いてくると、ポスンと頭に手を置いてくれた

「?」

樹先輩の手は、暖かくて好き

でも、何でそんなに優しく撫でてくれるのか解らなくて、その暖かさに目を細めていたら、

そのまま、おでこをデコピンされた

「え、っえ!?」

「羽華の絵、西廊下に飾ってあるから確認しに行きな?それに、折角なら見に行けばいいよ、というか、見せた方がいいよ?……素敵な絵だからね」

フワリと笑うと、樹先輩の顔がくいっと、近づいた


「良かったね、幸せになりな」


耳元で優しく呟かれて驚いた

なにが良かったのか

誰が幸せになるのか

ただ、樹先輩の顔が今までにない位、優しく目を細めて笑っていたから

思わずぽけっと近距離で見つめていたら、

……ゴスッ!

「いだっ!!」

「近いから」

私の肩に顎を乗せた湊先輩が低い声で言った

てか今、樹先輩の頭、チョップしたよね…

「九条の方がちけーじゃん、理不尽かよ」

「いーから、早く帰って」

ヒラヒラと手を振りながら、私に顔を寄せた先輩

「言われなくても、もう邪魔しねーよ」

ゴスッとまた近くで殴る音が聞こえたかと思うと、湊先輩がうぐっ、と声を出した

樹先輩のチョップの方が強いなあ…

「じゃあ、またね、羽華!あ、展示物の片付けは、参加すること!」

「え、あ、はい!また後でーっ」

最後にまた一度私の頭を撫でると、入り口に立っていた菜留に五百円を渡すと帰っていった

菜留……ちゃっかり入場料取ってる…


先輩の出ていった入り口を眺めていたら、裕先輩が立ち上がった

「羽華ちゃんごちそーさまでした!俺先に戻ってるねん、湊、あんまり遅くなるなよ?」

裕先輩は、ヒラヒラと手を振るとそそくさと出ていってしまった

突然、二人きりになる

両脇は壁があって、隣からは見えなくなっていて個室状態

久しぶりの二人きりの空間に緊張した