「大通りに新しくできたお店??」
ある夜。いつものようにグレダの酒場に顔を出したエリアスの口から飛び出した言葉に、フィアナ、キュリオ、ニース、そして珍しく料理の手を止めて輪に混ざっているフィアナの父ベクターは、一同首を傾げた。
皆に見つめられ、エリアスはこくりと頷いた。
「はい。こちらに向かう途中、馬車の中から見えました。お祝いのお花がたくさん届いていましたので、おそらく今日が開店日だったようです」
「ああ、わかったわ。ロックウェルさんのお店の後にできたところね」
ぽんと手を叩いたのはキュリオだ。聞き覚えのある名前に、フィアナは身を乗り出した。
「ロックウェルさんって、カフェをやっていた?」
「そうそう。ご主人がもうお年だから、お店を畳んで息子さんの近くに引っ越すそうよ。それで、ずいぶん前に建物ごと売りに出ていたの」
「そういや、そんな話が回覧板で回ってきてたかもな」
顎のあたりを撫でながら、ニースが空を見つめる。ベクターはどうかと言えば、フィアナの隣で視線を彷徨わせているから、おそらく記憶にないのだろう。
「そのお店、そんなに賑わっていたんですか?」
「そうですね。なにやら異国情緒あふれる飲み屋のようでしたが、お店の外にまで人が溢れていました」
「初日からそれは、たいしたもんだな」
「開店記念で、特にエールを安くしていたみたいですね。表の看板に、そんな内容が大きく書かれていましたから」
エリアスの言葉に、フィアナ、キュリオ、ニースはへぇと呑気に相槌を打つ。そんななか、ひとりだけ神妙な顔で答えるものがあった。
「……だから、今夜は少し暇なのかな?」
しょんぼりとそう言ったベクターに、一同ははっとした。普段は満席に近い店内にちらほら見える空席。いつも以上に目につく常連の顔、顔、顔。なにより、この時間は忙しくて立ち話をする余裕がないはずなのに、ここに集まって一緒に話ができてしまっているベクター。
(た、たしかに……!)
フィアナとエリアスがごくりと息を呑み込むなか、キュリオとニースは店主を励ましにかかった。
「やあねえ。たまたまよ、たまたま! ほら、今日寒くて雨だから! みんな外に出たくなくなっちゃったのよ~」
「でも、その新しい店は賑わっているんだろ?」
「気にすんなって! この街の人間はミーハーだからな。どこの国のもんだか知らんが異国の料理が物珍しくて覗きに言っているんだろ。そのうち飽きて、戻ってくるってもんさ」
「そうかな。案外受け入れられちゃって、町全体でブームになるかもしれないよ。そしたら、うちみたいなオーソドックスな店は、軒並み閑古鳥が鳴いちゃうよね……」
どんよりと答えるベクターに、うっと詰まるキュリオとニース。朗らかでお人よしなのだが、一度スイッチが入るととことんネガティブな男、それがベクターである。
重くため息を吐くベクターに、エリアスはきりりと表情を引き締め胸を叩いた。
「お義父さま! 心配なさらずとも、私は決して浮気をしません。なぜならフィアナさんに会えるのは、このグレダの酒場だけですから!」
「ちょっと! そんな、エリアスちゃん限定でしか安心できない慰め方やめなさいよ。ちっとも胸が休まらないわよ!」
「そうだぞ! お前さん宰相だろ? 頭いいんだから、ベクターが元気になるようなことを言ってやれよ。さあ!」
「ダメでしょうか……? フィアナさんほどの至宝は、この世に存在しないと言うのに……?」
わあわあと話す大人三人に、フィアナは肩を竦める。まったく三人共、職業も年齢もばらばらだが、こうして集まって騒いでいるとただの酔っ払いである。
(けど……)
ちらりと、隣の父をフィアナは見上げる。
普段はどちらかというと大らかで細かいことを気にしないのだが、こうしてネガティブになるときの父は、何かしらの勘が働いている。そして、やっかいなことに、そうした勘は大体当たる。第六感でもあるのだろうか?と疑いたくなるくらい当たる。
今回は、悪い勘が当たらないといいけれど。
そんな風にフィアナは、若干の不安を抱いたのだった。