店の壁の、ちょうどエリアスが行き倒れていたあたりを見つめ、フィアナはぼんやりとあの日のことを思い出す。

 そうだった。あの夜はまだ冬の余韻が色濃くのこって、よくもこんな寒空の下で酔い潰れていられるものだと呆れたものだ。

(あれからもう、そんなに経ったんだ)

 懐かしいような――冷静に考えれば、別にそこまで懐かしくもないような、相反する感情が胸の内を満たし、フィアナはむつかしい顔をした。

 エリアスが姿を見せなくなったことで、フィアナの日常は平穏を取り戻した。冗談とも本気ともつかない突っ込みだらけの発言にいちいち反応してやる必要もなくなったし、面白がって冷かしてくるほかの客をあしらう手間もなくなった。

 これは喜ばしいことだ。仕事の効率もあがって、せいせいするくらいだ。

 だというのに。

(エリアスさん、どうして来なくなったんだろう)

 考えても仕方のないことを、ときどきこうして考えてしまう。